こんな本読みました。

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『告白』 湊かなえ 著

2008/10/24(金) 09:30:28 その他一般 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 新聞の書評で絶賛されたり書店でもプッシュされたりと話題作なのでタイトルをご存知なかたは多いはず。
 ただ、読み心地のいい話では絶対にないので、全ての本読みさんに薦められるかは微妙。
 大好きなブログさんで紹介されて、これは是非読んでみたいと図書館にリクを出したのがなんと8月下旬。届いたのは数日前。普通2ヵ月も待たせるかなあ。諦めてたってもう(笑)
 厳密に言えばミステリとはいわないと思う。サスペンスですね。いやホラーか。
 未読のかたは、これより先にはお進みになりませんよう。


これが新人さんの書く話でしょうか。
いやスゴイです。ぐいぐい読まされました。
第一章の<聖職者>ってのがまた人を食ったタイトルだなあと思うけど、これが多分、受賞の一要因ではなかったかと。
で、受賞作の短編を、関係者の視点から多角的にその後を描き出すことで1冊の長編に仕上げるなんて、ベテラン作家のすることですよ(苦笑)

帯の惹句やあちこちの書評でどんな内容かは大体知ってましたが、これほどとは考えもしませんでした。
悪意とか殺意とか憎悪とか、とにかく負の感情のオンパレード!なんだかページから瘴気が漂ってくるようで。
最初から最後まで救いがない。とことん無い。
まるでドミノ倒しのように、連鎖して悲劇が起こる。

ある程度までは、現実の事件やニュース、人物を出したりしてリアリティを持たせてあるので余計に怖い。
これがミステリだと言われたら、私ゃミステリ読むのやめるよ。
人間が自覚して壊れていくさま、自覚なしに既に壊れていた人格、そして視点人物のほとんど(おそらくBくんの姉を除き)が、自分のしていることは正しいと信じていること。
偽善の方がまだ救いがあるなんて、正義というものは人間を狂わせるんですね…。

この場合、誰1人にも感情移入はできないと思う、てか、できる人がいるならそっちの方がヤバイ。
そして、誰が一番罪が重いのかというのもナンセンスかもしれませんね。
もとはといえば、確かに担任教師だった森口悠子の放った悪の種なので、引き金をひいたこの人が一番罪深いと思う。私自身、一番許せないのはこの人でした。
それは、生徒2人に更正の余地があるとかそんな甘いことじゃなくて、引き金を引いたのなら自分の手で最後まで復讐を遂げなかった無責任さにおいて。

学級委員でイイコのフリしてた美月ちゃんや、引き籠りの挙句つまらない嫉妬で破れかぶれになって結局母親に甘え続けた直くんとその母親、姉。
また救いようの無い単純バカで空気の読めない、人の心の機微に全く気付かないウェルテル寺田。
そして心と脳と体がバラバラのまま筋違いの願いを叶えるべく計画したけれど、結局ただのさびしんぼうに過ぎなかった自称天才・修哉。

何事も無く生きていてもいずれは犯罪に走ったかもしれない。でも命を落とすことはなかったかもしれない。
犯人を告発するにしても、もうちょっと違った方法があったかもしれない。

そう思うのは、おそらく、この登場人物の中に、ほんの少し、またはかなりの類似点や共通点を自分に見出すからではないのかな。
もし自分だったら…そう思うと、もっと穏便な方法にしてくれとか、いっそさっさと狂ってくれとか。こんな真綿で首を締めるようなのは耐えられないから。

森口悠子も自分に娘の死の責任の一端があることを分かっていて、でもそれを認めたくなくて生徒やその親たちに責任転嫁してるだけ。
最終的に<伝道師>の中でやったことは、自分がせせら笑ったハリボテの天才・修哉のしたことと同じでしょう。
それに気が付かないのか、気が付かないふりをしてるだけなのかは書いてないけれど、人間はどこまで残酷になれるのか。復讐するなら、憎い犯人よりもその犯人の大事な人を傷付けるほうがより効果が大きいことを、つき付けた形で終わるなんてねえ。

でも、森口悠子もこの後、しかるべき罰を受けて欲しい。
そう思ったかた、いませんか?
私なら、このラストの後、こう想像します。

「どんな形であれ自分の母親を手にかけた修哉と直を、自分の娘を殺した犯人として警察に告発しないままで、悠子が母親代わりとなって一緒に暮らすことになった。悠子がはたして死ぬまで憎しみ続けられるのか、それとも何かの情がわくのか?結局は2人を殺すのか。何人もがこの件で殺された悲劇までがムダになったら。それが悠子に対する罰であり、しぬまでゆうこにくるしみつづけてほしい」

こんな読後感、そうそうないでしょうね(苦笑)

最後になりましたが。
プロットとかキャラクタはいいです。それがこの小説の世界ですから。
でも、どうしても許容できないことがあります。
HIV感染と、そのキャリアと、その人の血液を、殺人(復讐)の飛び道具に使ったこと。
確かにこの物語ではインパクトが強いでしょう。世間のHIVキャリアに対する偏見や無知に対して問題提起していると言う見方もできます。
それでもどうしても、HIVを殺人の凶器に使ったことには、ムカムカするのです。
ミステリでこんなことがあったら、明らかに反則ですよ。

もとになった彼に感染の意思なんてもちろんなかったのに、感染してしまった。
そしてとうとう発症した。
それすらも、自分の復讐の道具にした悠子。
この物語の本質は、それに気付かない悠子の精神状態の異様さの方なのかもしれません。
けれどもやっぱり、書いていいことと悪いことがある。
もしどうしてもこの線が譲れなかったのなら、せめてあとがきにでも一言添えてしかるべきでしょう。
哀しいのは、この作品を絶賛する書評ライターさんや文芸評論家の人達が、それについて触れていないこと。

……もしかしたら、私のような感じ方そのものが偽善でありムカっ腹の立つことなんだよ、と言われているような気までするのは、既に作者の術中にはまっているのでしょうか(苦笑)
でも、それなら、よしもとばななさんの『SLY』を是非読んで欲しい。
実際にHIVキャリアの人がばななさんのお友達の中にいたそうで、それでなくてもばななさんという人の周囲には、死の匂いがついてまわっていたようです。ご結婚されて出産も経験された今は、それほどでもないのかもしれませんが、とにかくそういう人が身近にいたばななさんが書いた『SLY』は、HIVというものに対してどう向き合うか、それを静かに静かに考えさせられました。
その上で、この『告白』での飛び道具が許容できるのか、問うてみたいと思うのです。
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