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『赤朽葉家の伝説』 桜庭一樹 著

2008/09/03(水) 10:30:45 桜庭一樹 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
とにかく面白かったです!
二段綴りの三百ページが、あっという間に読み終わってしまいました。
第一部の赤朽葉万葉、第二部の毛毬、第三部の瞳子。第一部からずっと語り手として、この物語の書き手としての立場の瞳子が明言するように、万葉と毛毬の時代の密度の高さ、生き生きとした、駆け抜けるような生き様。そして瞳子の“書くべきものの無い時代”の虚無感。これがそのとおりで、万葉と毛毬のお話は、いつまでも記憶に残るのに、瞳子のパートはものすごく印象が薄い。作者の桜庭さんの力量のほどがうかがえます。


ひろわれっ子の万葉は、文字も読めず地球が丸いことも知らず、それでも<赤朽葉の千里眼奥様>として、未来を予見し身近な人たちの死に様を見る。とてつもない哀しい人生で、女としての何かが締め付けられる思いがしました。夫となるべき人の死ぬ瞬間や、のたうちまわりながら産んだ子の短い一生を幻視してしまうなど、悲劇でしかありません。全てを受け入れ(夫の不貞でさえも)、自分なりに運命を受け止める万葉は、多くの子を成し裕福な生活であっても、果たして幸せだったのか。夫とは別に、話相手であり気心の知れた豊寿、子どもの頃にいじめられ、やがて無二の親友となったみどり。そして、嫁として女として万葉を支えた姑のタツ。必要最小限であっても濃密な人間関係の中で生きた万葉は、それでも最期まで哀しみのつきまとう人生だったと思います。

万葉の長女、毛毬。猛女で、生き急ぐようなめまぐるしさ。誰一人彼女の人生についてくることが出来ず、毛毬もまた、孤独だったのではないかと思えるのです。田舎町のレディースのトップとして名を馳せ、恋をして破れ、自分のそれまでの生き様を漫画にしてしまう強さと寂しさ。大親友との別れ。冴えない男性と形だけの結婚をして子どもを産んでも、現在の自分ではなく過去ばかり見ていたような毛毬。ジェットコースターのような一生ですが、生活に困ることがないというバックボーンは、そんな人生を可能にするのかもしれません。
この毛毬のパートで面白いのは、やはり腹違いの妹にあたる真砂との対比です。太陽と月、陰と陽の二人では、見ている世界も違います。だから、太陽である毛毬は真砂が見えず、真砂は憎みながらも毛毬を追い続ける。真砂が本家に引き取られて、家族に紹介される場面、彼女の姿が見えていない毛毬が取った行動は、残酷であり逃避でもあり。笑うに笑えない。

そして、現代の瞳子のパート。ここで一気にミステリとしての話になります。祖母と母の部で書き綴った中にある、不可解な現象。その伏線が、次々と回収されていきます。祖母の後悔と母の不思議、豊寿のこと、亡き伯父にあたる泪のこと。全てが少しずつかかわりあって、謎が解かれていく。言ってみればこれが瞳子の、過去との決別なんですね。今まで何も無かった自分の人生が前進するためには、万葉の最期の言葉を起点に祖母と母の虚無を覗く必要があった。彼女達の置き去りにされた心の襞に、触れることが出来るのは瞳子だけです。他の叔父や叔母でもみどりでもなく。凄まじい万葉と毛毬の人生を間近に見てきた人は、瞳子の行動をどう思っていたのか…。

これほどの密度の濃い物語で、全編がミステリではなく、不思議なことも当たり前に思えてしまうこの構成は、素晴らしいと思います。本格ミステリではありませんが、とにかく“読ませる”小説です。蔵書にして損は無い!

こんなどしーんとくるお話を書ききる桜庭さんが、見た目あんなに華奢で色が白くて儚げなのは、はっきり言って詐欺だと思う(笑)。

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