こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

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『空へ向かう花』 小路幸也 著

2008/10/01(水) 12:40:42 小路幸也 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 すったもんだでようやく手にした小路さんの最新刊。まあ、私が小路さんの御本を我慢しすぎて溜め込むほど堪え性があるわけないので、とにかく最新刊はすぐに読みますが…。
 小路さんご自身がHPのdiaryの中で、かなり重いと書いてらっしゃったので、『Q.O.L』くらいかなと見当つけていたのですが……いやーヤラレマシタ私の涙腺。序盤で既に決壊状態。
 それでもこれは今までの小路さんの世界とちゃんと繋がっていて、ほうっと息をつきました。
 未読のかたは、これより先にはお進みになりませんよう。


ほんとーにもう涙腺大崩壊!まさか序盤あたりでもう決壊するとは…。
女王様を足に乗せながら、ずびずび泣いてしまいました。

ハルとカホ。
おじさんことイザさんとキッペイくん。片岡さん。トオルくん。少年野球チームの監督。
そして。
亡くなった女の子とその家族。ハルの家族とカホの家族。

それまでは特別何か変わったところのない、普通の平凡な家族が、家庭が。
結婚して一から少しずつ自分達なりの家庭を築き上げて、そして、子どもの誕生。
両親の愛情を一身に受け、見守られながら成長し、夢と希望に満ち溢れた生命の輝き。

そんな、時間をかけてゆっくりと形成されたものが、あっけなく壊れること。

子どもは子どもじゃいられなくなり、大人は大人であることを放棄する。

いつしかそこには、時間を止めた人間ばかり。

誰が悪いわけじゃない、誰にも悪意や憎悪はない。それなのに起こってしまった悲劇には、誰を責めても報われない遣り切れなさしかない。
子ども同士の事故。
家族の悲嘆と現実逃避。
私くらいの歳になると、この大人達のありようの方が、よく分かってしまって、嫌になります。

一瞬でも同じところに止まっていられない子ども達の方が、はるかに未来を見つめていて、だからこその希望の存在なんでしょうね。

大人なら、自分の所為で(誰がどう見てもそんな責任は無いのだとしても)死んでしまった子の、生きていた頃の話を聞くというのは、心底怖いことです。自分の人生と比べることを知ってるから、壊れるものや失くすものの大きさを知ってるからこそ、怖くて怖くてしょうがない。

けれどもまだ生まれてからたった10年かそこらの子どもには、自分の持ってる玩具を友達と比べることくらいしか経験はない。一日一日が全て、自分の引き出しを埋める為に自分だけに集中して生きてる。怖いかどうかも知らない。

その怖さをきちんと身を持って経験してこい、倒れそうになったらココにいるから、と言ってくれるおじさんことイザさんとキッペイくん。
2人がそれぞれ、心に傷を持ってるからこそ言える言葉ですよね。
何もない薄っぺらい人生しか生きていない人がそれを言っても、いざとなったら自分が真っ先に逃げ出しそうな、信頼できない卑怯さがある。子どもは敏感にそれを察知する。

だから。
だから最近の大人は子どもが怖いんだと思う。
子どもは大人を写す鏡。子どものあり得ないくらい残酷な振る舞いは、まわりの大人の投射だからね。そんなもの、誰だって目の前に突きつけられたくはないし。

そしてまた逃げる。

いつまでも逃げてないで、動け。とにかく動け。自分で良いと思ったらそれをしてみろ。
錆付いた脳みそフル回転させて、もっとよく考えろ。想像してみろ。

最近の、子ども達の哀しいニュースが溢れている今の、小路さんからのメッセージだと思いました。

そうして動いた結果、もしかしたら一層事態は悪くなるかもしれない、けれども、それと同じ確率で、良い方向に転がることだってある。

それを考えるのは大人にしかできないこと。経験からくる想像力を使えば、フローチャートのように色々な分岐点が見えてくるから。

ということで、私はこのお話は、フローチャートのようだなあと感じたのでした。

とっかかりさえ間違えなければ、たとえばイザさんが、いつ野垂れ死んでもいいとさえ思っているほどいっぱいいっぱいの心のイザさんが、偶然知り合った男の子の為にしてやれることはと考えて、まずは身なりを整えようとした、そんな行動。
もしその浮浪者みたいななりで動いたなら、きっとこういう結果には至らなかったと思うから。

またキッペイくんの、カホちゃんの為に、お金の全くかからない方法で庭作りを手伝おうとした心。お昼のおにぎりでさえ自分で作る。もしキッぺイくんのポケットマネーで腐葉土とか花の種でもお昼ご飯でも買ってあげるよ、とか言われても、そんなのカホちゃんの望みじゃないしね。

何かしよう、と決意したその時の感情。そして、その為にとるべき一番最初の行動。
ちゃんと考えて、常識で考えて、わきまえることの大切さ。
それが出来ない人の多い(ついでに私にもそんな自信はさらさらない)今の世の中、一番カッコイイのはそういう人ですよね。
だから、五十を過ぎたおっさんだろうが、まだ親のスネを片方かじってるような若者でも、子どもはすぐに懐く。カッコイイだけじゃなくて、大人のズルさをひけらかさないから。

そして、ハルの友達のトオルくん。いい子やなあほんま。
こんなに親友のことを思い遣れる子って、今どれくらいいるんだろう。

以前。
めぐりんシリーズの『HEARTBLUE』で、“これは人が人を思い遣る形の良い例と間違った例のお話だと思う”と書きましたが、この『空へ向かう花』は、思い遣る形の押し付けないやり方、とでもいうのかな、見守るという名の放棄と混同されがちな思いやりを、暑苦しくなくウザくない、体温がほんのり感じられる程度の距離感で側にいる。イザさんもキッペイくんもトオルくんも片岡さんも監督も。
だから、ハルもカホも、自分の動けるだけのスペースを確保してもらってることが分かってるから、その緩さの中で少しずつ前を、上を見ようとする。

大人のズルさは、良く言えば合理的に解釈すること。
イザさんのラストの解決案は、合理的だと思います。ずるくない。
ていうか、私はカホちゃんが、亡くなった親友の代わりと言っては語弊があるけれど、女の子の遺族に引き取られたらいいんじゃないかなー…って思ってしまいましたから。施設なんてかわいそうやん、としか想像力が働かない。カホちゃんほど素直で可愛い子なら、施設でもきっと人気者になれるだろう、というもうひとつの可能性を見なかったことにしてしまうんだ我ながらしょーもない。

それとか、このビルがイザさんの個人資産になってくれれば、ビルの価値が分かってるイザさんも嬉しいだろしカホちゃんも後見人ができて今までどおりの生活ができる、そうだそこにハルくんも一緒に住んじゃえば!みたいな、夢物語をちらりと…。

これは家族の再生の物語でもあるので、それでは何の解決にもならないし、ハルくんが結局転校することになっても、だからこそ生きていける。

この屋上庭園は、<空へ向かう花>。空に、じゃないのがいいです。ぐんぐんと手を伸ばして花を咲かせそうな、ハルとカホ。そうそう、トオルくんも混ぜてやりましょう!きっとカホちゃんといい友達になれるよ!

それとキッペイくんのオカン。いいなあこのお母さん。素晴らしい!卒業式に担任をぐーで殴るなんて、ぐっじょぶオカン!(笑)

イザさんの正体が大学の先生だろうっていうのはすぐに分かりますね。
宿題を教えるのが小学校の先生より上手かったり専門書があったり高級なスーツがぴったり馴染んだり。(…あー…若干一名、だらしなく緩めたネクタイに白ジャケの下には黒いシャツ、ぼさぼさの髪、という“身を持ち崩したギャンブラーみたいな”H準教授もいますが…/大笑)

ハルくんが巻き込まれた事故の詳細もイザさんの過去も明かされませんが(おそらくハルくんの両親は聞かされたのだろうと思います)、それこそ想像してみろってことですね。これだけヒントがあるからって。
反対にカホちゃんの身に起きたことは早くに分かる。これは、やっぱり小路さんからのメッセージでしょうか。

大人の事情に子どもを巻き込むな。

うわーまたまた長くなった…。
小路さんの作品に限らずですが、書き下ろしというのはどきどきします。
そしてこれは、ミステリじゃないけど再読してこそ本当の意味が分かる、そんな印象です。
それと、小路さんの作品に共通することですが。タバコをたしなむ男性の描写がカッコイイですよねえww
いいもの読ませていただきました、小路さん。
これからも応援してますよー!
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