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『死体をどうぞ』 ドロシー・L.セイヤーズ 著

2008/09/04(木) 08:44:36 ドロシー・L・セイヤーズ THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
イギリスのミステリ女王といえばアガサ・クリスティ。そしてもう1人、ドロシー・L・セイヤーズ。
P・D・ジェイムズが言うには、「量のクリスティ、質のセイヤーズ」だそうですが(苦笑)、私もクリスティは苦手。



セイヤーズの創造した貴族探偵、ピーター・ウィムジイ卿とその忠実な従僕アーヴィン・バンター。スコットランド・ヤードの主席警部でシリーズ途中からは義弟になるパーカー。御前さまの兄上や妹ちゃんもチャーミングで何より母上の先代公妃がめちゃめちゃ素敵ww

というレギュラーメンバーにはすんなり馴染んだのですが、1人だけ、どーしても感情移入できないキャラが。

『毒を食らわば』で御前さまが一目ぼれする女性探偵作家、ハリエット・ヴェイン嬢。

ピーター卿のプロポーズを断り続け、自分にかかった嫌疑を彼に晴らしてもらっても素直になれず、それどころかますます心理的に屈折してしまってるような。

というわけで『毒を食らわば』は、ずっと前にどうにか読んだけど話の筋は忘れてるし、ハリエットが出る『学寮祭の夜』とか『忙しい蜜月旅行』とかは未読なんですよ。

今回、いつものように御前さまやバンターさんにもなるべく思い入れを持たないようにして、『死体をどうぞ』を読んでみました。

…どうしてハリエットがあんなに苦手だったのか、分かった気がしましたわ。

ピーター卿が、作者セイヤーズが自分の理想とした(まるでセイヤーズの思い描く理想の結婚相手のような)裕福な貴族の次男坊で趣味人の探偵であることは言われていますが、ハリエットはそのピーター卿に熱烈に望まれる素晴らしくも羨ましい女性という立ち位置。このハリエットこそがセイヤーズの理想とする自己投影なんでしょうね。

読み手にとって、作中のキャラが作者の自己投影って、なんとなくいたたまれないってこと、ないですか?

そう思って読み出すと、割りきりが出来た所為かするすると進みました。

で、この『死体をどうぞ』ですが。

解説で法月先生が書いておられるように、確かにこの作品はエラリー・クイーンの影響というかぷっちゃけパロってるというか。特に国名シリーズを。
ピーター卿の立てる仮定が悉く崩れていくのは『ギリシア棺の謎』とよく似てるし、『オランダ靴の謎』に出て来たあの趣向をより凝らした形で使ってるし、章ごとに『~~の証言』でタイトルを統一させたのもEQのひそみにならったものでしょう。

既に大作家だったセイヤーズが、デビューしたてのクイーンをどの程度意識していたのかは知りませんが、彼女と同年代の同業者には無かった、アメリカの若いミステリ作家の新しい才能に刺激され、そのアイデアを貪欲に取り込んでより洗練させた形を見せつけた気概をひしひしと感じました。
良い意味で、自分の作風にこだわらない柔軟なセイヤーズの姿勢といえると思います。

この『死体をどうぞ』は、はっきり言って、日本人には不利ですよね。
問題の暗号解読にまるまる一章を費やしてますが、これってイギリス英語が堪能でないと、ちんぷんかんぷんですよ。私は読み飛ばしました…。

またこの作品はアリバイ崩しが主軸になってますが、だんだんと真相に近付くにつれて、アリバイを形作る為の芯になる部分(血液の凝固による死亡推定時刻の鑑定)が一番アテにならないなんて、これはいくら伏線がきちんとあってもギリギリだと思う。医学の知識があれば別ですけど。でも思い返してみれば、折に触れ出てくる伏線なので、アンフェアではないです。

ミステリとしての際どさを、多くの登場人物の描き分けでカバーして、見事に成功した感じですね。
死者も容疑者も、証人も警察官も、下宿のおかみさんやら修理工の師弟まで、実にバラエティに富んでて混同しない。一人一人の人物描写もきっちり書いてあるから、注意深く読んでいけば犯人(一味のうちの1人か2人)は見当がつくかもしれない。被害者が大事に持っていた謎の女性の写真の出所を探る為に、向かった事務所において登場したキャラクタが、実は2度の重要な証言をするとは意外でしたし、前半で1回か2回程度しか触れられていなかったある人物を最後に証人として登場させるとはねえ、一瞬こんな人いたっけ?とか思いましたから。

一番始末におえないのは、被害者に惚れ込んでヒステリックにかつ自己陶酔して失笑を買ったあのウェルドン夫人かな。ラストあたりで、まさかのアントワーヌによろめいたと知らされて、ああこりゃダメだちっとも懲りてないやと(苦笑)
となると、この老婦人の言ってることの重要性がどんどん薄れていくわけで、悲劇性が増していく被害者に比して最初から最後まで勘違いの赤っ恥ってのは、セイヤーズがいかにこういう女性に対して厳しい目線をもっていたかが分かります。

そして今回も重要な役回りだったバンターさん。パーフェクトでブラボーでトレビアンな素晴らしい従僕です。こんな人がいてくれたら、そりゃピーター卿はいくらでも好き勝手に行動できるわね。でも手紙で色々と釘をさされたり、ピーター卿に条件反射で「はい」と言わせてしまう良好な関係は、貸し借りなしで素敵です。

人物描写でぐいぐい読ませるクリスティにも劣らない、たるみのない綺麗な長編でした。
これなら『学寮祭の夜』も『蜜月旅行』も読めるかもww

やっぱりセイヤーズはいい!
で、やっぱりピーター卿とEQはよく似てる!ロジックの積み上げ方とか比喩表現とか、自己否定はするけど誰かを非難しない紳士なとことか。

だから好きなんだろうな、セイヤーズのミステリが。

(2008.06.19)
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