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『演じられた白い夜』 近藤史恵 著

2008/09/04(木) 08:37:57 近藤史恵 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 昨年発表された『サクリファイス』の大藪賞受賞効果(笑)による復刊の1冊。 今回、近藤先生が加筆なさったというので、どこが違うんだろかと比べる為に、図書館で10年前の単行本を借りてきました。で、以前のを先に読んで、今日新しくJノベルコレクションを買ってきた次第。
 ああほんまに面白い!これは是非、多くのかたにも読んでいただきたい!
 10年前の作品をご存知なら構いませんが、まるっきり未読のかたは、これより先にはお進みになりませんよう。




改めて思います。
近藤先生の作品は、シンプルで淡々としていて、でも心の奥深くまでひたひたと染みとおるような心理描写で、読後感は心がしんとします。
クリスティのような取り返しのつかないくらいのどろどろした人間関係とか心の葛藤とかじゃなく、エンドマークの後、この人達は新しい関係になるんだろうな、と思わせる細くて強い一本の糸が見える気がする。

この『演じられた白い夜』は、主人公である神内麻子が、夫で演出家・劇団主宰者である匠に呼ばれて、雪深い山荘に向かうシーンから始まります。
山荘には既に麻子以外の俳優が揃っていて、全員が顔を合わせた席で匠が今回の舞台の主旨を説明。匠は俳優・女優のネームバリューで簡単に見当をつけられる犯人当てではなく、観客にとって全く未知の俳優陣による本格推理劇をやる、と宣言。稽古の際には、その日の分までの台本しか渡されず、従って自分達が被害者なのか犯人なのかはその時になるまで分からない。
初対面のはずの俳優陣なのに中には面識がありそうな複雑さを感じさせながら、雪の降る中、台本を読み進めていくと、まず第一の殺人が明かされた。
ところが、その被害者役の女優がなんと現実に死体となって発見される……。

このように劇中劇と同時進行しています。
主人公の目線による現実の事件と劇中劇が、まるで鏡のように写し取られているので、どこまでが台本でどこからが現実かだんだんと曖昧になるのは、登場人物たちもそうですが、読者である私も同じで…。

この劇中劇がまた、これで1冊出してもおかしくないくらいによく出来た本格ミステリ。
どちらかと言うと、現実の麻子たちを取り巻く殺人事件のほうがサスペンス的で、劇中劇がガチガチのミステリです。
なもので、そんなに分厚いわけでもないのに、お腹いっぱいですよ♪めっちゃお得!
劇中の方は、犯人やトリックや動機が明かされた時に、一瞬えっ?と思うんです。一旦ストップして、頭の中で整理しないと何が何だか。
でも、納得できればこれはすごい。ネットの掲示板やオフ会という匿名性を最大限に利用してなおかつ一捻りも二捻りもさせています。人物の入れ替わりトリックやパソコンのデータの消去・捏造など、ばちっときますよ(笑)
まあ、劇中劇なので、人物描写や動機面の弱さはあるけどそこはスルーしましょう。

で、現実の方はというと。
一番すごいなと思ったのが、真鍋嬢がある部屋から飛び出してきてレイプされそうになったという伏線。そっか、2階と3階の部屋割りと人物関係で思い込んでたけど、それこそ顔合わせの時にちゃんとヒントが出てたやんか!
でもこの筋書きは、近藤先生の作品には結構出てくることで、そういう驚きではないです。
自殺かと思われた第一の事件も、明らかに他殺と分かる第二の事件も、両方がダミーの殺人で本命の標的が実は麻子だったというキツい真相は、どこか『サクリファイス』を彷彿とさせますが、多分あれよりも人の人生と生命は軽くて悲惨です。
真犯人の動機が、匠と麻子の仮面というか契約夫婦という関係、そして匠の人間性によって引き起こされたと知った麻子が、犯人を責める言葉一つ持たずにただ立ち尽くすさまは、読者として感情移入もできなければ同情もできない。
むしろ、真犯人の方が可哀想でしょうがない。
じっとずっと我慢して、心が引き裂かれそうになっても耐えてきたのに、大舞台に立てると喜んだそれは、耐えがたい苦しみを追体験しろという残酷な匠。
と言うか順序が逆で、この経験をしたからこそ、この脚本、この舞台を思いついたんじゃないかと。だとしたら、匠という奴は、人間としてサイテーです!たとえそれが匠さん流の愛情表現だとしても。
やっちゃいけないことって必ずあるけど、その境目が分からない、自分を含めた周囲の人達の気持ちが全く汲み取れない人間を前にして。
哀しみ・憎しみが殺意に変わる瞬間を知る。
その匠を苦しめる為には、麻子を殺すしかないと思うその心の奥底に、殺意と同じくらいに強い想いがあるのを見せつけられると、麻子は殺されてもしょうがなかったんじゃないかとまで思ってしまうんです。

夫婦であれ恋人であれ、また不倫関係であっても、人間としてちゃんと向き合わず感情のままに揺れ動いているだけ。
その果てに残ったのは、人生をめちゃくちゃにされた悲劇と、振り切れた感情の断片だけ。
そんな哀しい現実側の事件を、あくまでも機械的にパズルとしてさくさく進む劇中劇を添えることでバランスを取っているように感じました。

匠と麻子の関係とは対照的な、麻子と水上くんの、しんしんと降り積もる雪のような、真っ白な色と空気とぬくもりがもうひとつの軸です。
あんたら、なんでこんなに初心なの!と思ったけど。
麻子はよりによって初恋だと言うし、水上くんも匠という存在がいる以上、想いを口に出すこともできない。ただ指先で、目線で、夜中のいっときの逢瀬で伝え合うしかないという、イマドキ中学生でもこんなじれったくはないぞ全く。

でもさ、多分、匠さんもちゃんと麻子のことは好きだったんだと思う。でなかったら、東京で成功した麻子を、その時点でばっさり解放するでしょ。
とにかく女優として育て上げ成功させることが、彼なりの愛情。
2人の同棲生活が、麻子を主役にしてやるからそのかわり人間としての中身を空っぽにしろ、ということから始まったんだし。
オーディションで「客体になりたい」と言った麻子を育て上げた匠。その匠の言うとおりに従順に生きて、関西小劇場界のトップにまで昇り詰めた麻子。
これも愛情。
2人が夫婦である必然性はもうどこにもなくて、ただ麻子が変化を恐れただけで。
もしかしたら。この舞台が無事成功したら、匠は麻子に離婚を切り出してたんじゃないかな。

そしてその可能性のあるすぐそこの未来まで待てなかった犯人。

可哀想やなあ。

くすん。

最後に、麻子が水上くんのことをイメージする言葉。
10年前の単行本では「しろくまみたい」ですが、この復刊のJノベルだと「ポーラベアーみたい」になってます。
私は「しろくま」の方が好きかな。


また長くなりました。
お付き合いくださってありがとうございました。

(2008.09.01)
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