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『猫の古典文学誌 鈴の音が聞こえる』 田中貴子 著

2014/11/30(日) 20:17:40 エッセイ・ノンフィクション THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
猫の古典文学誌 鈴の音が聞こえる (講談社学術文庫)猫の古典文学誌 鈴の音が聞こえる (講談社学術文庫)
(2014/10/11)
田中 貴子

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 結構前の本なんですよね、親本は淡交社からのハードカバーで2001年。今になって別の版元から文庫で出るとは。
 猫好きホイホイなタイトルですが、ええと、古典文学が苦手な人にはどうだろう……猫好き成分が支えてくれるかな……?
 太古、オオカミから派生して人間と共に仕事をするようになった犬。でも猫だって負けてませんよかなり昔から家猫という概念があったし、何より猫は平安時代にはすでに「ネズミ捕り」プラス「愛玩動物」という存在意義が同等に含まれてるのですよ。
 という、猫好きにとっては鼻高々な一冊です(笑)




あ、でも古典文学の猫に関する部分が引用されていてもそれは著者の田中先生が読みやすく現代語訳してくださってるので、普通に読めます大丈夫です。


とはいうものの。

実は、鎌倉時代あたりから、猫の魔の部分、ねこまただの化け猫だのという見方が蔓延していったり、猫好きには心臓が痛くなるエピソードがあったりします。
それでも、猫は猫なんです。

いやー、ウチの相方が、ポコたんのことを「狸や、狸!」と毎日のように言うておるのですが、それって千二~三百年前からだったんですね……うーむ。

「狸」と書いて現代なら誰が「ねこ」と読みますかっての。
古代中国でも、そして中国から漢字を輸入した日本の昔でも、「狸」を「ねこ」と言い、でも「猫」という漢字もあったりする、なんともアバウトな時代があったんですねえ……。じゃあ、「タヌキ」はどうしてたんやろう……ていうか、見た目が似てるからこうなったの?ネコとタヌキ。いやでもさ……もやもや。

でもね、中国式に「狸と書いてねこと読むッ!(ドヤッ」な一方、和語の「ねこ」を万葉仮名では「祢古」と書くそうで、この万葉仮名は良いよね♪
じゃなくて、てことは「狸」=「祢古」になるわけで、やっぱりもやもや。

漢字は正しく使いましょう(違)

そうそう、「猫」という漢字の成り立ちを、わたしは初めて知りました。お恥ずかしい。なるほどねえ。

平安初期の天皇にも寵愛された高貴すぎるお猫様。
源氏物語に登場し、物語を動かす存在である猫。
今のオタクの元祖かもしれない(苦笑)、『更級日記』の菅原孝標の女とそのお姉さんも猫に縁があったとか、
この頃はまだ猫は天使で正義だったんですが。

『明月記』あたりから雲行きが怪しくなり……、

それから鎌倉時代にかけては、もう化け猫だの猫又(猫股)だのひどい言われよう……しくしく。

ただ、猫は魔性というより、神秘的すぎるんでしょう。
特に医療技術も発達していない時代、オカルトがまかり通っていた時代、猫は犬ほど単純ではないし、でも猫だって長く飼い主と一緒に生きて言葉を聞いていればもう人間語を理解してるに違いないというのは猫飼いならみんな知ってるように、長生きすればするほど人間の言うことをちゃんと理解しているような出来事があったとしたら、そりゃ尻尾が二つどころか九尾に思えてもしょうがないのかもしれないです。
ただ、そういうのが極端に怖い、受け付けない人間にとっては、猫は気味悪いものでしかなかっただろうしね。
天皇や貴族にリード着けて大切にされていた雅な時代は猫の魔性も娯楽だったのかもしれない。でも、娯楽どころか人間の平均寿命が今の半分以下だったような時代の庶民にとっては、毎日生きるか死ぬかですしね……気持ち悪い生き物だと思い込んでしまうともう、できるだけ近づいてほしくないという気持ちだったとか。
猫好きとしては納得できないけど、遠ざけることの意味は理解する。 

と こ ろ で っ !

今の「野良猫」という公然の存在のルーツってあれか、生類憐みの令だったのかッ!
それまで、猫は基本的に家猫として飼われていたのに、猫はリードに繋いで飼っていたものだったのに、自由にさせないのはけしからんとかなんとかで外に出せだとぉ?繋いで飼ったら罰金だとぉ?

こんな本末転倒な法律のせいで、現代の猫ボラさんがどれだけ苦労する羽目になったか分かってんのかゴラァ!!

…………しくしくしくしく。

外で生きていくのは確かに自由でのびのびできる。それは確か。

でも、喧嘩して傷作ったら動物病院なんて無かったこの時代はあっという間に死んでしまっただろうし、病気を伝染されても同じこと。
自動車はなくても車輪はあったんやから、事故で撥ねられることも多かったはず。
で。
猫好きな人間の猫萌え加減が平安朝から変わってないということは、
猫嫌いなヤツやストレス溜まりまくってるヤツの虐待を受けた猫だって相当数いたと思う。
何が自由にさせよだバカヤロウ。

と、「野良猫」を「まち猫・地域猫」として管理・虐待から守りつつなんとか共存していこうと世間の無理解の中を闘っておられる猫ボラさんたちのご苦労を思って、徳川綱吉アカン奴認定としました。


……とまあ、猫好きには楽しい一冊でしたよw

日本の昔の絵画に描かれる猫たちはみんな今の姿と変わらず、やっぱり可愛いです。
今度、涅槃図に猫が描かれてるものを所蔵している京都のお寺さんを巡ってみようかと思ってます。特に檀王法林寺。三条にそんなお寺さんがあったんですねえ、知らんかった。

この記事、カテゴリは〈読書感想〉ジャンルは〈本〉なんですが、〈にゃんこ〉・〈猫〉でもいいですよね、ちょっと迷った(笑)
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