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『花咲家の休日』 村山早紀 著

2014/09/12(金) 00:18:42 村山早紀 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
花咲家の休日 (徳間文庫)花咲家の休日 (徳間文庫)
(2014/09/05)
村山 早紀

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 じーん……。ひとことでいうなら、じーん、そんな感じです。
 癒される、のは本当に癒されるんですけど、癒しよりも守られてるような気になるんですよね、花咲家のシリーズって。
 それと、素の自分を受け止めてもらえるような。
 今日も一日、見守ってくれてありがとう。そう言いたくなりました。誰にともなく。




この続編、『休日』は、花咲家の人々にとっての“休日”で、ふっと心を緩めて目を閉じたその向こう、人知れず働くというか活躍するというかまぁそういうのが人外のものだったり時空が違ったり猫だったりするんです。
お父さんの草太郎さん、お祖父さんの木太郎さん、それから茉莉亜さんとりら子ちゃんと桂くん、それぞれの休息を誘い見守る存在の、無償の想い。

で、当の花咲家の人々は、その植物との関係はそれとして、みんなかなりのリアリストでいずれ桂くんももっと現実的になると思う。
リアルとファンタジーを繋ぐ家なのにリアリスト、でも不思議なことを否定しない。
常識、という言葉が出てこなかったように思います。
昔は畏怖されていたという花咲家の血筋は、現代になっても変わらずに、風早の街を支える存在でありつづける。
その花咲家もまた、植物や、人間ではない大きなものに守られている、メタ構造です。

わたし、なんとなくですが、花咲家って、神社の注連縄や御神体にかかる幣(ぬさ)(御幣、とも言いますね)のような存在じゃないかなって思ったんですけど、どうでしょう。

ネットや、ガジェットもいっぱい取り入れて、科学や文化文明の進歩を謳歌している花咲家の人たちですが、昔からの言い伝えやそういうものを忘れることもない。
このバランスが、読み心地いいんです。ハイ・ファンタジーにならない分、共感しやすい。

そして、緑の存在が、優しくあたたかく、楽しげで幸せそうで。
大地に根を張り風に乗り色を着飾る植物たちの声が、まるでわたしの手の中に葉っぱを乗せたみたいなほんのりした気持ちにさせてくれました。

異世界や時空の向こうや果ては神様まで、風早の街に溶け込んで。「時間」が風になって流れていくようでした。


このお話は、「繋がること」がポイントじゃないでしょうか。
植物と繋がる花咲家、
時と場所と世界を超えても繋がってる草太郎さんと聖也さん。本当は当時の噂の方が正解なのかもしれないし、聖也さんのあの姿は草太郎さんの記憶が見せた幻なのかもしれなくても、それでも花咲家の家系が保証するかのように、あのノートとコインはふたりを繋ぐ。
時空の彼方、不確定だけれども桂くんたちの選択の先に繋がってるお兄さん。緑もまた太古から遠い未来まで。「蛍」は、桂くんたちにとっては虫の蛍ですが、お兄さんにとっては「この時代の人間」という意味があるのかな。
理論家のりらちゃんの、唯一本音をさらけ出せた不思議な存在も風早の街と分かちがたく。
それからなんといっても、小雪ちゃんです。ガーゴイルです。
王子様を守り、年老いた人間の尊厳を守り、風早の街を守り、何より誓いを守る。守ることは繋がることでもありますよね。

そして、人々は、何も知らずに精一杯生きていけばいい。守られていることも知らなくていい。
ラストシーンはもう涙が止まりませんでした……。色をなくした中に、赤い薔薇が一輪。その美しさとせつなさと力強さが絵画のようで……。


わたしたちが、文字や死の概念や科学技術と引き換えに失った超感覚、曖昧になった本能、間違えること、それらをリカバーできるのは、「諦めないこと」。
その諦めない強さが、守る存在のエネルギーになるのかもしれないです。その強さが未来に繋がる。

花咲家の物語は、お母さんがいない分だけは淋しいけれどそれでもいつも幸せで、前向きで、何かに感謝したくなります。
植物なのか、大地なのか、空なのか、それとも神様なのか、でもそのどれでもない、……んー、なんだろうなあ、両親じゃなくてご先祖様じゃなくて家族じゃなくて、いやもちろんそのすべてをひっくるめたものなんですが……たぶん、一瞬一瞬の「今」に「ありがとう」の気持ち。

個人的にはやっぱり、小雪ちゃんですよ……〈金の瞳と王子様〉を読み始めてすぐに涙腺やばくなって、あっというまに決壊しましたよ……(滂沱)
世界のすべての猫さんが、大好きな存在の側で喉を鳴らして安心して丸くなって幸せに生きてほしい。
実際に猫という生き物がわたしたち人間をどう思っていようと、人間は本当にただそれだけを猫に望むんですよね。
猫飼いの涙を搾り取る、涙腺直撃のお話でした……ううう。

それと、エピローグの。ガーゴイルさん。た ま ら ん !ツンツンツンデレさんってやつかなこれも。石だけに。
口は悪いけど、優しい。怖いのかもしれんけど、優しくて、そして孤独。
長い時を生きてきた人間に寄り添い、翼を畳むガーゴイルさんの姿を想像すると、この人間がなんだか鷹匠みたいな感じになるんですが(苦笑)
これからガーゴイルさんはどうするんやろう、とまで思ってしまった……淋しくて引きこもりにならないといいけど……。時空の彼方で、また「人間」のような存在に巡り合えるといいなと思う。魔神ですが。魔神だからこそ。
そんな相棒にまた巡り合うまで、風早の街を守るガーゴイルでいてほしいな。

山の頂から見下ろす風早の街、りらちゃんがふわりと空から見下ろす人間の営み。
神様の視点ですよね。
キラキラしていて、でも儚い蛍の光のような、その灯り。あたたかくて綺麗な夜景ですよね。
命(魂)の光にも見える。
また、灯りのない暗闇の部分にも、見えない想いが満ちている。
光と闇の、両方を見守る視線。
人間を見守るという意味を、光と闇にたとえて。
村山先生のお話を読んでいると、夜景を見下ろす描写に、そんな力強く儚い人間という存在が奇跡のようだといつも思うのですが……。
猫の小雪ちゃんも、異世界の王子様も、長い時を生きた学者さんも、銀色のお兄さんも、みんな光と闇でできてるなあって。
きっと、何度間違えても後悔しても闘っても勝っても負けても、そこにそうして在るのならそれが一番良い形で未来に続いていくのかもしれないと、風早の夜景をイメージしながら思いました。

ガーゴイルさんと人間が長い長い時をかけて理解しあえたように、理解することを諦めずに前を向くために。

体と心に無理をしているひとは、一度ゆっくり休んでみては?と、この本を贈りたくなりますね。
少々休んでも大丈夫、元気になったらリカバリーすればいいのよって。
うん。
お花屋さんに行こうかな。
それとも、夜景を見に行こうかな。


(2014.9.6 読了)
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