こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

エッセイ・ノンフィクション > 『別のしかたで:ツイッター哲学』 千葉雅也 著

『別のしかたで:ツイッター哲学』 千葉雅也 著

2014/09/12(金) 00:04:36 エッセイ・ノンフィクション THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
別のしかたで:ツイッター哲学別のしかたで:ツイッター哲学
(2014/07/19)
千葉 雅也

商品詳細を見る


 若い哲学者さんです。ウィキ見ると書いてあることがわたし何一つ分からない(汗)
 でもこのかたのツイートが好きでフォローしてて、TLに流れてくるとフムフムと分からないのに分かったような顔して読んでますwときどきふぁぼったりもします分からないのに!(←もういい)
 前著『動きすぎてはいけない』も興味はあるんですけど、たぶん一行も理解できないような気がしてしょんぼりしてたら、このツイッター本が出るというのでこれなら!といそいそ購入。
 小説読みで、のほほんと何も突き詰めたりしないでお気楽に生きてきたわたしなので、専門的な読み解き方はできませんが、それでも面白い本でした!



本当に、ツイートしかない本です。
千葉先生が今までに呟かれてきたツイートの中から、同じテーマのものや、日常生活に関するものなどを抽出して、投稿日時関係なく慎重に並べていって、最初から最後までそうで、本になるからって特別に何か解説を添えたり後日談みたいなものを足したりしないで、ただひたすらツイートが並んでいるだけ。

それなら、時系列はともかく基本的にツイッターのホーム画面と変わりないじゃないか、と思うのに、
それがそんなことない。
ツイートを纏めたツイッター本なのに、ツイッターほど浅くも騒々しくもない、なんだろうこの強度。
ただ流れていくのがツイッターですが、流れないツイッターというか。
同じテーマの複数のツイートはもちろん、そんな中にさらっと入ってる一見無関係な日常的な呟きやテレビの中のことなんかまでも、普通は流していくツイートでも「ん?」と考えてしまう。ああなるほど!と目からウロコで膝を打ったり、あるある!とニンマリしたり。

そういうリズムの外し方もそうだし、
ページの使い方、配置の仕方、間の取り方、
ツイッターならRTや画像添付やそういうもので自分のツイートの中にぽつぽつと変則的なリズムを生み出すというか押しピンみたいな感じのフックになるんですがそんな手を使わなくても、楽しく読めました。
行間にも、白紙のページにも、読み手それぞれの、また千葉先生ご本人の、投影された世界があるんだろうなあって。どういう読み方をしてもいいなら、それこそが世界の多様性ですよね。

ご専門の哲学のツイートはともかく、いやそれも込みでかな、140字以内のひとつのツイートであってもいくつかの同じテーマのツイート群でも、まるで小説のような気がしたのはツイートのひとつひとつにタイトルがついているからでしょうか。
これ、面白いと思う。
一介の主婦のわたしも、たとえばツイートするときにタイトルを付けたらどうかな、呟きに強度と深度が出るかな、と妄想してみたりしてねw

たぶんこの「タイトル」が、さらさらと流れていかない秘訣なんだろうなあ。

ツイッター本でありながら、ツイッターよりはるかに世界は多様に思えて、呟きに責任と有限を感じました。無責任な拡散や炎上とは正反対の、静謐なもの。

句集のようだと思ったり、自由詩のような感じかな、とも思ったり、
わたしはプログレッシブ・バンドはぜんぜん知らなくてただプログレというものをうっすら「こんな感じかな?」くらいにしかイメージしてないけど、でもプログレッシブ・ロックを形にしたらこんなふうになるんじゃないかなあ、とも思ったり。そう、そうなんですよね、たぶん「ロック」なんですこの本。

「いま」というものが、過去からの繋がりである部分と、繋がっていない部分と、どこにも繋がらない部分と、そんなものから出来ていてその重なりがリアルを作ってる。でもそのリアルはわたしだけのリアルで、わたしだけの今。
人それぞれのリアルの数だけ「今」があるんだと思う。

この本の中には、わたしがふぁぼったたツイートも出てきて、そういうのがニンマリするというか安心するというか。
でもたぶん、そういう「繋がり」を感じることは、ちょっと違うんでしょうね。
かくいうわたしにしても、たとえば〈読書メーター〉があんな形でSNS化したことがあの場が嫌になったわけで(わたしは自分の読書メモとしてのつもりでしかないのに☆とかコメント機能とか何あれ、という)、賛同とか同意とか、そういうものを表明されることが嬉しいかどうかは場合によりますし。


哲学者さんがいてくれて良かったなあ、と思いました。
世界はこういう哲学者さんたちの思索と言葉で強くなっているような気がして。「人間は考える葦である」とはよく言ったもんです。これが人間社会なんやな、と。

パズラー、謎解きミステリやら、感情を揺さぶる小説やらそういうのを主に読むわたしですが、たまにはこういう本を(実はぜんぜん理解できないのに)分かったような顔して読むのもそれはそれでいいもんだなあと思いますね。
哲学なんてさっぱり分かってないわたしなので、PCの別タブでウィキ様を待機させつつ(笑)、あとカーラ教授(漫画家の川原泉さんのことねw)の『事象の地平』を横に置いてこの『別のしかたで』を読み始めたんですが、ウィキ様はともかく(専門的すぎて何がなんだか)、カーラ教授の大昔の哲学者たちについての考察の方もちょっと方向性が違って、そしたら今とてつもなくカーラ教授の漫画が読みたいです!←呑まれやすい人間がここに。

(2014.7.31 読了)
スポンサーサイト
Comment (-)

ページの最初に戻る