こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

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『その本の物語 上・下』 村山早紀 著

2014/09/11(木) 23:41:42 村山早紀 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
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 またしても涙腺ゆるゆる……!
 児童書『風の丘のルルー』シリーズを総集編として再構成された上下巻です。
 子供の頃にルルーに出会った人も、大人になって初めてルルーを知った人も楽しめるはず。
 日本だけといわず、世界に翻訳されてほしい児童書です!





わたし語りを少し。

子供の頃のわたしは、今にして思えばいわゆる「ゆとり世代」も真っ青なくらいに、思考停止していました。
両親、特に母親との関係がうまくいかなくて、毎日毎日息をつめるようにしてしか、家に居られなくて、日曜日の休みが怖かった。母親に甘えたい気持ちは確かにあるのに、母親は気分次第でわたしを嘘つき呼ばわりしたり詰ったりして、家から閉め出されたり蹴られることもたびたびありました。
……でも、今のわたしには少し親の気持ちも分かる気がします。
わたしという娘もまたあまりに心が弱すぎて難しくて、どう接していいのか分からなかったんじゃないのかな。

とまあ、そんな子供だったわたしは、親の顔色を窺うようにしか生きられませんでした。
本を読むのは好きだったと思いますが、学校の図書室で読む本はともかく、家の中で、親の前で読む本は、親が買い与えたものしか読んではいけないものだと思ってました。だから、親が買ってくる、偉人伝とか岩波の昔話やイソップとかアンデルセン童話とか、そんなのばかり。
エンタメ系というか、魔女っ子とか冒険譚とかそういうものを親が買ってきたことが無い以上、わたしにそのジャンルを読む選択肢はなかった。
与えられた本でも面白いと思って、今で言えばリンクするような読書の方向性を持てればいつかはエンタメ系や冒険譚にも辿り着いただろうしそうすればよかったんですけど、とにかく親が選んだもの以外は読んじゃいけないんだと思い込んでたので、自分から選ぶことすら考えもつかなかった。

もしわたしがあの小学校の図書室に、このルルーの物語を見つけていたら、きっと親の目を盗んででも借りてきて、夢中になって読んだと思う。そしてそのうち親にバレて、たとえ怒られても、閉校時間ギリギリまで図書室に残ってずっと読んでたと思う。
マンガを初めて読んで、自分のお小遣いで買ったのは、小学四年のとき。見つかったらどうしようと怖くて怖くて、やっぱり見つかったときもまず「ごめんなさい」って謝ったくらいです。そしてそのまま、中学に上がって、中二の頃からようやく少しずつ好きなものを読むようになりました。

だからわたし、エンタメジャンルの児童文学って、リアルタイムで読んだのはまったく無いんです。

……尤も、わたしが小学校に通ってた当時に、まだルルーの物語は生まれてなかったですけどね(トシがばれる 苦笑)

図書室で、本屋さんで、ルルーに出会った子供達が夢中になって読み耽って、大人になっても宝物のように胸にルルーを抱き続けているのが、よく分かりました。
これは虜になるわ。

さっきも書いたように、わたしはルルーのお話は未読です。未読のまま、このトシまで生きてきて。
今年こうして大人も読めるタイプにお色直しされたことで、ようやく。
村山先生とネットでお話しさせていただくようになったご縁も嬉しく。

今日、この上下巻を買いに行く前、わたし、ツイッターにこんなツイートをしました。

「かもーんどらごんふぇすてぃばー!(じゅもん)」

……ええと、このブログを読んでくださってるかたはご存知でしょうが出戻りFANKSのわたしはこれ、TM NETWORKのあの歌のタイトルを叫んだんです。朝からずっと頭の中をぐるぐるしてたので。

でも、読み進めていくうちに、ああこりゃ無意識の予知だったかー!と、ほのかな魔法にかかったようでびっくりしました♪
まあ、魔法とか魔女とかの物語だったら竜が登場してもおかしくないとはいえ、わたしはルルーを読んだことなかったから。
これもご縁というか、こういう偶然は嬉しくなりますよね。

さてさて。

大人になったわたしでも夢中になって一気読みした上下巻。

南波さんと沙綾さんパートのところは大人のわたし、ルルーのお話のところは子供に戻ったわたしが、それぞれ担当して読んだ気がします。
魔女や魔法の世界は、子供の方が得意でしょう。
てくまくまやこんタイプの魔女っ子は苦手なわたしですが、ルルーは可愛いです。

弱さと強さは同じもの。強いだけの人もいないし、弱いばかりの人もいない。
悩むことと生きることも同じもの。悩みの無い人なんていないし、生きたいと願うからこそ悩むわけです。
立ち向かうことと逃げることにも、実はそんなに違いがなくて、その時々の勢いの方向性なだけかも。
美しい人も、意地悪な人も、もっと酷い人の根っこにも、普遍にあるのは不安や恐怖。
それを克服しようと努力したり、折り合いをつけて取り込んでみたり、一人で生きようとしたりする。生きるって大変です。
孤独で、淋しくて、自分だけに向けられる笑顔やぬくもりを渇望しながら生きていくのは、これはつらいです。
いっそ、空に。風のように。何ものにも囚われずに。楽になりたい。

人間は、もしかしたらそんな願いを潜在意識に持っていて、だからこそ空を飛んだり風を起こしたり魔法を使う存在を羨ましく妬ましく、恐れるのかな。
ただ、子供の心の方が余白が多い分、なんだって書き込めるから、だから不思議を受け入れられる。

ワクワクしながら読む子供達の心はルルーと一体になって、ほうきに乗って空を駆けていくんですね。その景色は、どんなにすばらしい読書体験になることか。
空を見上げることで、涙を止められる。
空を飛ぶことで、自然に笑顔になる。
友情や、愛情や、悲しみも、ひとつひとつルルーと一緒に。

でも、子供の心に、本当の絶望はまだ知ってほしくないから、どれだけつらくて悲しくて諦めかけても、絶望を知る前に還ってきてね。
村山先生のそんな思いが、絶妙のさじ加減で描かれているなあって、感じました。
どんな状況になっても、必ず希望はあるんですよって。

何の力も無い人間が幸せに笑いさざめく街の中に、魔女と魔法使いとぬいぐるみがニコニコしながら行き過ぎている世界。
いいですよねえ。

ルルーがペルタを抱いて今もどこかにいるなら、風の丘がこの世界のどこかにあるなら、楽しい世界じゃないですか♪

南波さんが沙綾さんのそばに座り朗読することで、みんなが癒されていくなんて、南波さんだって魔法使いですよね。
たぶん、幼い日の沙綾さんは、すぐにそれが分かったはず、だから友達になりたかった。きっと沙綾さんの方が南波さんに焦がれたんだと思う。

南波さんも、沙綾さんも、ルルーも、ルルーが出会ったすべてのひとも魔女も、みんな自分に自信がなくてそれは生きていく時間とともに培われるもの。
時間が傷を癒すようにして、自分を育ててくれる。
花を育て、絵を描き、歌を歌い、軽やかに踊る、夢を語り、楽しく生きる。
あの氷の竜だって、そんな世界を願ったはずです。
あの竜は、絶望の姿。
生きていく限り、誰もが何度も諦めかけたり絶望しそうになったりすることもある。でも出来る限りの強い心で絶望を眠らせておいて、その猶予の間に夢を追い続けていけば冷たい竜が再び目を覚ますことは無い。でしょう?

南波さんパートでは、わたしも知ってる本屋さんや書店員さんが登場してニマニマしましたw
ていうか、あの日、村山先生と同じ場所にわたしも居たから。まあ、わたしはずっと待ってただけですけど。
それから、風早の街のあの物語に登場したキャラクタが友情出演(笑)

そうそう、いつもは猫さんに号泣させられる村山先生のお話ですが、
今回はイヌ科好きさんにバスタオルが必要ですね!
猫科のわたしも泣いたくらいですからw

この本を読む子供達も、大人でも、明日に希望を持って、明日は今日より少しだけ自信が大きくなってることを信じて。
ルルーとペルタを心のどこかに感じながら、生きていけたらいいなと思います。

(2014.7.4 読了)
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