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『沈黙の書』 乾石智子 著

2014/09/11(木) 23:25:26 乾石智子 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
沈黙の書沈黙の書
(2014/05/22)
乾石 智子

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 すばらしい!
 わたしが読んだ今年のベスト級の一冊だと思います。
 今までの乾石さんの小説を、なんだかんだ言いつつ全部読んできて、ここにきて会心の作が出た!
 言葉をもっと大切に、磨いてあたためて。大切な人々を守れるように。
 コンスル帝国、そしてオーリエラント、の意味が明かされる大切な一冊です。





わたし、小説読むの好きですけど、追い詰められて絶望感満載とかゲスな野郎が主人公をいいように操る鬱屈とか、そういうものには本来食指が動きません。
せっかくフィクションの世界に浸るのに、現実あるあるな気持ちにさせられるのももったいないというか……。
あ、ミステリの場合は既に犯人は鬱屈してるし、悲劇は起こってしまった後なのでそれはそれで。

で、この『沈黙の書』は繰り返し、絶望と闇が襲います。
裏切られ利用され自分の意思は尊重されず、ただ嘆きは深く闇は近く。
でも。
何度も泣き、絶望に堕ちかけ、諦めそうになったそのとき、彼を救うのは、その絶望の闇にあればこそ見えてきたもの。
それを成長というのかもしれないし、経験というのかもしれないし。
もしくは、普遍の輝き、黒い闇が決してこの世から無くなりはしないように光も消えることはない、という普遍の法則。

絶望はすぐそこにあり、希望は遠い。そう思ってしまうんですが、希望の光もすぐそばにあって、それは闇の裏側なんですよね、きっと。

〈風の息子〉ことヴェリルを主人公に、ヴェリルと同じ風森村の血を引く仲間達が資質によって置かれた立場に順応し戦い強くなっていく、絶望し諦めようとした彼らの本当の強さ。
嘆きの大地に降り立つ彼らは、魔道師ゆえの運命に絶望はしない。人々の暗い欲望の中にかすかな希望を見る、風森村の強くしなやかな魂に、何度も救われました。

無垢な存在に、いつまでも無垢のままであってほしい、と思ってしまうのは、彼らの成長を願わないことなんですね。
いつまでも、「無知」であってほしい、と言っているのと同じことなんだなあ、と。
抑圧を知り裏切られ奪われ利用され、いろんな人と出会いながら、生きることが綺麗ごとでは済まないわけを知る。
少しずつ強くなり、知恵を付け、経験を積み重ねて未来を見る。無垢の安寧に愛惜の念を持つのは悪いことじゃなくて、ただ何も変わらない世界があるだけ。それは人間の住む世界というにはあまりにも小さすぎるから。

小国同士の小競り合いの隙間から、少しずつ影を伸ばしてくる北の脅威、遂に追いつかれて蹂躙され廃墟と化していく村や町や国。予言が現実になっていきます。避けられない脅威だと分かってても、読んでいて胸が痛くなる。
でもそんな流れの中でも、ヴェリルと読者は、わずかに生き残った仲間を捜し出して魂を響かせ笑いながら前に進む光を感じます。絶望のほうが圧倒的に強く深く冷たいのに、その世界の中でさえ生きる人々の強さを。

どんなに過酷な状況でも、彼らは笑うんです。その光の強さに癒される。

無垢なままの彼らだったら生きることを諦めていたはずの激動と災厄の時代を、外の世界を知ることで人品を見極め交渉する技術を身につけ、ウィンウィンというかギブアンドテイクで手打ちにし、次善の策を良しとしてよりよい成長を目指す。それもすべて、たくさんの言葉と多様な価値観を知ったからですよね。

人間にとって、言葉こそが世界を秩序立てるただひとつの道具であること。
大昔の予言者も、そしてヴェリルも、竜もまた、言葉の大切さをわたしに伝えてくれる。
言葉を持たないものに、未来はないことも。

大震災からの三年間を過ごした日本と世界を思わずにはいられませんでした。
巨大地震と巨大津波に襲われて絶望に飲み込まれた人々が、それでも歯を食いしばって復興に向かっているというのに、真摯に考えることをしない、言葉を選ばない心無い人たちが居て、傷ついた大地と人々の心をさらに抉りながら舌を出して笑ってる。新聞やテレビでもネットでも、とにかく心無い言葉を吐いて省みもしない。
人間としての裏切り。
言葉を持たない蛮族の脅威を大津波に、裏切り嘲り利用するばかりで言葉の通じない下卑たキャラクタを風評加害者に見立てて。
絶望を風に乗せ、大地の裂け目を剥き出しにして、東北の嘆きを訴えてくる。
でも、ヴェリル達は負けなかった。
自分達の血と魂が、物心付くか付かないかの頃には既に鍛え上げられていたのを自覚してるから。その正しさと強さによって、彼らは殺戮と欲望の渦の中でも目を見開いていられるから。
東北の人々も、そうして昔語りに魂を鍛えられているはずだから。だから、悪意に満ちた言葉に惑わされないで。乾石さんはそう呼びかけているような気がします。
この物語に出てくるそれぞれの地名が、人々の話す言葉が東北訛りのように思うのは、わたしだけじゃないですよね?
災厄に蹂躙されても、それでもわたし達の大地だからって。

冒頭にある献辞。
「あの絶望を味わったすべての人に。白狐の星があなたの胸にもふりますように」
この物語は、不条理と理不尽を大地に敷き絶望を塗りこめた物語です。
でも。
理不尽な死と絶望のあとには、よりよい世界の再生を。
大地に芽吹く若葉はその嘆きを昇華させてやがて力強い大樹になる。緑の風が吹き渡るときが来る。
希望の星が、生きるすべての人々の心に降ってくる。
あの日から、絶望の中を生きてきた人々の心の中にも、大きな風が吹きますように。

長い長い雌伏の時を経て、やがて自分の生き方を見出したヴェリル達がもたらした希望の風。清浄な月の光。あたたかい雨。

あの大震災を見事に寓話にした、乾石さんにとっても、大変な作品だっただろうと思います。
美しく輝くダイヤモンドを見るとき、その姿を作り上げたたくさんの人の手を思うように、この物語を読む人の心の中に大震災の悲劇を忘れないで涙を拭き強く立ち向かう人々のいることを知ってほしい。どれだけの気持ちをこめて、この物語を磨いてこられたか、そんなふうに思います。

〈沈黙の書〉に書かれた言葉には魔法がかけられ、絵になりました。
でも雄弁に語りかけてきました。
そして、ヴェリルは、絵解きではなく人類共通の言葉の必要性を痛感し、言葉を学び記し、後世に伝えようとします。
強い言葉も優しい言葉も、心無い言葉も欲望を隠した美辞麗句もある意味では、世界には必要だから。
わたし達も、言葉をもっと磨いてあたためて。永く世界に響くように。そのために、静かに沈黙して考え続けるのですね。

「泣くのはもうおしまいだ。きみにあるのは明日、また次の明日、なのだから。絶望の昨日、嘆きの今日はもう終わる」(220ページより)

(2014.6.13 読了)
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