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『公園で逢いましょう。』 三羽省吾 著

2014/09/10(水) 17:05:58 その他一般 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
公園で逢いましょう。 (祥伝社文庫)公園で逢いましょう。 (祥伝社文庫)
(2011/09/01)
三羽 省吾

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 今年六月に大賞が決まる、京都水無月大賞の候補作です。ツイッターで候補作品がツイートされてきて、タイトルぜんぶメモった中から読んでみました。ちなみに、三羽省吾さんて初めて読む作家さん。てか、お名前すら初めて知りましたすみませんすみません。
 ミステリ読みがこういう一般文芸を読むと、逆に一般文芸のセオリーを知らなくて良いか悪いかもわからないまま読み終わったりすることもあるんですけど、これは面白かったなーと素直に思いました。




連作短編集です。
一話目で説明される登場人物の、それぞれの人生と視点がリンクしていきます。

わたしは出産経験が無いどころか妊娠したことすら無いので、母性本能がぜんぶ分かるわけじゃないし、子供に対しての思いとか、家族になるまでの事情とか過去とか、なにひとつわたしと重なる箇所がないのが逆に幸いだったと思います。
公園デビューに苦労したとか、子育てとママ友さんとの付き合いとかを経験された女性(もちろん男性でも)が読んだらきっと、あるあるすぎてぐぐーっと感情移入したかもしれない。
わたしはその感情移入がまるでできなかったぶん、一歩引いた感じで読んだような気がします。

うまいなあ、と思いました、キャラクタの設定とか。文章も一人称ですが読みやすいし。

で、わたしはまた違う点でも感心しました。
ミステリでいう、ちょっとした叙述トリックや、謎の解明ではないですがそれまでの短編では周りからこんなふうに見られていた人がしていたことは実は…、という「そうだったのか!」な展開。
そして、ラストまで家庭内のことや過去を明かされなかったのが一人。くうっ、気になる~!

最初に、○○ちゃんママ、という呼び方で紹介されるのと、それぞれのママたちの現在の姿が実は過去とはほとんど別人のようなのでその意外性もあって。

傍から見ていたのでは分からないどころか、一緒に並んで、向き合って目と目を合わせて話していてもお互いに相手の心や思惑はぜんぜん違う。

公園という小さなコミュニティでほぼ毎日顔を合わせても、深く踏み込んで向き合うつもりはなくて、でも子供に対しては助け合いたいと思ってる。

母親なんだけれども、母になるまでは一人の女性として、●●さん、と名前で呼ばれて社会と関わっていたことはママ友だろうが関係ないし知られたくもない。ひょっとしたら、誰もお互いの本名を知らないままのお付き合いをしてるのかも。まるでSNSの世界ですよね。
ただ、現在の公園での立ち居振る舞いが、それぞれの過去、それぞれの人生から形作られていて、読者だけがそのキャラクタの輪郭をハッキリ見ることができる。
登場するママたちには、相手の輪郭がぼやけてるんだと思う。

読者は、登場するキャラクタたちよりも多くの情報を持っていて、探偵のように過去を敷衍しながら輪郭を固定し、小さな公園の少人数のグループのまわりに、そこにいないたくさんの人々の影を見るんです。その人々が実体を持ってそこに集まったらぎゅうぎゅうになるくらい。
まるで、死者と生者、のような感じ。死者は過去。死者で埋め尽くされた上に、生者のママ達が生きている。

気に入ったのはやっぱり、ラストの〈魔法使い〉かな。
初っ端から実は注目の的でもあったママの真実と心。
人は見かけによらないというけど、見た目で判断しちゃいかんというけど、このママは。
……これ、年齢設定がミソよねえ。
最年長ママが彼女の母親と同じ、というくらい差があって、イマドキのギャルママ(という言葉はもう古いのだろうか……)とのギャップに周りは傷ついたり引いた目で見ていたりしてますが、反対にこのギャルママちゃんの立場になってみようか。
自分の母親と同じくらいの歳のママを筆頭にちゃんと子育てしてるママさん(おばさん)がいっぱいいて、自分はまともに育ててもらえず自分が知らなかったことをいっぱい知っててみんな手際が良くて、となったら、その公園は学校になる。本当にウザかったら時間をずらすとか公園変えるとかするだろうに、話には加わらないくせにいつも顔を出すギャルママちゃんの気持ちを。
そして。
一番印象的だったのが、このギャルママちゃんの子供のおしめを変えてくれた魔法使いは、いったいどのママ?ということ。
うまいなー。

どの短編の中でも、いかがわしい商売の片棒担いでるトラブルメーカーなママさんの、母親としての評価。
ある意味、このママさんが公園の要でしょうね。

過去にどんな波乱があっても、現在は穏やかにママとしてこの公園に集う女性たち。

ヘヴィな過去、黒々とした嫌なもの、後悔ばかりの記憶、そんなものを隠しながらも持ち寄って、〈ひょうたん公園〉にまた誰かの人生が降り積もる。

ラストは爽快感さえありました。

いいもの読んだな、と嬉しくなりました。

本当、水無月大賞を選ぶ京都の書店員さんたちには、また感謝です。

(2014.4.9 読了)
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