こんな本読みました。

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『カフェかもめ亭 猫たちのいる時間』 村山早紀 著

2014/07/19(土) 18:17:46 村山早紀 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
カフェかもめ亭 猫たちのいる時間 (ポプラ文庫ピュアフル P[む]1-8)カフェかもめ亭 猫たちのいる時間 (ポプラ文庫ピュアフル P[む]1-8)
(2014/03/05)
村山 早紀

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 はー……ドライアイにはいいわー涙が止まらないわー……。 
 なんでしょうか、村山先生と猫の組み合わせって無双?泣かずに読める人がいたらそのコツを教えてほしいわ。無理無理ぜったい無理。泣くもん。
 このかもめ亭2は、いろんな媒体に寄稿されたものを纏めて、トーンを統一するためにちょっとお化粧直しされたもの。既読の短編もありますけど、改めて読んでまた泣きましたストーリー知ってるのに。
 猫って、実は怖いのかもしれないですよ?でも本当は勇猛果敢で優しい生き物なんですよね。



〈猫の魔法使い〉
〈ふわにゃんの魔法〉
〈踊る黒猫〉
〈三分の一の魔法〉
〈白猫白猫、空駆けておいで〉
〈猫姫様〉
〈エピローグ 約束の騎士〉
エピローグのみ書き下ろし。

〈踊る黒猫〉は少し前にアンソロジーに収められたものを読んで感想書きましたし、〈白猫白猫~〉も『飛ぶ教室』を買って読んで号泣しながら感想書きましたけど。

この一冊を纏め上げるためのお化粧直し、カフェかもめ亭のマスターである広海さんと、不思議なお客様のやりとりの中に挟まれる物語、という形になってます。
それが見事に決まってて、既読なのに新作読んだみたいでした。
〈踊る黒猫〉の月輪、アンソロでは闇のようなちょっと怖い猫さんでしたが、このかもめ亭で語られる姿はただひたすらにゆうき先輩を愛する健気さと、菜子さんのこともちゃんと見守ってた律儀さと、そして月輪自身の涙と愛情を感じずにはいられなくて、禍々しいイメージがなくなってましたし。
白猫のしろちゃんにいたってはもうどうしよう猫さんみんな空飛ぶといいよそんで大好きな人のところに行って幸せになりなさい。だーーーー(滂沱)

やわらかくてあたたかい猫さんもいれば、ぬいぐるみの猫さんもいるし、なんだかお稲荷さんのような猫さんも出てきます。
魔法を使うことを自覚していて、魔法を使えるようになりたいと願うことも不思議じゃなくて、でもそれは自分のためじゃなくて大好きな友達のため。無償の愛です。

お話に出てくる猫さんたちはみんな、人間の「友達」なんです。「家族」というのはたぶん出てこなかったと思う。いや、一編、家族か。
でもそれも含めて。
「友達」だから、対等なんです。
人間が猫を助ける。猫が人間を守る。
対等だから、大好きな友達にはいつも幸せでいてほしい。笑っていてほしい。
たまにはちょっとウザったく思ってもいい。
でも大好き。
広海さんがお店で飾ってる猫さんたちまでもが、笑ってるような気がします。

登場する人たちはみんな、優しくて意思が強くて前向きです。だからきっと、猫の魔法を受け入れられる。
独りよがりなところも泣き虫なところも後悔ばっかりしていても、邪心がないから暗い部分に取り込まれない。ただまっすぐに願うだけ。
そんな人間を、そばにいる猫さんたちがどんなふうに見ていたか。
きっと眩しくてあたたかくて安心できた。
言葉が通じなくても、仕草と澄んだ瞳で気持ちを伝えることを躊躇わないだけの、信じる心が生まれた。

最初は、猫さんにとって、人間の姿であること、人間の言葉を話すこと、手先を器用に使ってものを生み出し暖かい家を建て町もつくるほどの大きな力を持つ人間という存在は、いってみれば神様のようなものなのかな、と思いながら読んでました。
でも違った。
猫同士でも、猫と人間でも、人間と神様でも、神様と猫でも、相手を大切に思う心を持って接しているなら、共有できるものがある。
お互いの幸せを願う心。一方通行じゃない思い。
たとえ相手が神様でも、幸せな優しい神様でいてほしいと思うでしょう?
心を通わせ時間とぬくもりを共有しながら生きる幸せ、それが願いであり、祈りであり、意思の強さになり、それはやがて魔法になるんじゃないかな。
ありえないと切って捨てるのはめちゃくちゃ簡単ですが、人生を彩り豊かに生きるなら魔法や奇跡を受け入れる心のゆとりがあってほしい。
心が見せた幻影でも、それで救われるなら魔法になる。
コロンブスの卵みたいですが、心が先か魔法が先か。

いまここにこうして同じ空気を吸って同じ時刻を生きていても、わたしと猫たちでは時間の流れ方が違う。世界の見え方が違う。
でも、共通してるものがある。
幸せに生きること。
大好きな存在のそばで生きること。
それが命であり、心と記憶であり。
魔法であり、奇跡だと思います。
猫に励まされ、猫の存在に救われてきたわたしは、心からそう思います。
だからこそ。
捨てられ虐待され傷つけられる猫さんがこの世界からいなくなって、すべての野良猫さんがあたたかい家で家族や友達として一緒に暮らせますように。

別に猫に限ったことではなく犬でもハムスターでもフクロウでも爬虫類でもいいんですが、大切な存在を守りたい助けたいと思う心がわたし達にあるなら、言葉はなくても通じてますよね。
問題は、実際に守れるか助けられるか。その途中で諦めてしまわないか。
たぶん、猫や犬やハムスターやフクロウや爬虫類には、諦めるという選択肢は無いんです最初から。諦めてしまうのは人間だけ。
神様はどんなつもりで、この差をつけたのか。
答えが分かるのは、精一杯生き切って、旅立つその瞬間なのかもしれませんが。
わたしはその答えを知りたい。
だから、ぐうたらな怠け者ではありますが、いまを生きて、猫をちゃんと見送って、いつか見送った猫たちと一緒に空を駆けてみたいな。

泣きながら書いてるので何書いてるのかよく分かってないんですが。

猫のいる優しい場所で、幸せになりましょう。

(短編集としてのお化粧直しの趣向については、ネタばらししたくないのであえて触れませんでした。これも優しい魔法でうれしかったです)

(2014.3.6 読了)
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