こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

スポンサー広告 > 『冬虫夏草』 梨木香歩 著
梨木香歩 > 『冬虫夏草』 梨木香歩 著

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:-- スポンサー広告 EDIT
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment (-)

『冬虫夏草』 梨木香歩 著

2014/07/19(土) 11:13:59 梨木香歩 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
冬虫夏草冬虫夏草
(2013/10/31)
梨木 香歩

商品詳細を見る


 2014年の一冊目。
 『家守綺譚』の続編ですね。購入したのも遅かったですが(手持ちの本&図書館予約本に埋もれておりまして……)、読むのもゆっくりゆっくりでした。結局、年末年始、年をまたいで読了。
 そんなせかせかした年の瀬に読むには、秋の物語は間が抜けてるかなー、と思ったんですが、いえいえそれどころかそんなあわただしい時にこそ読めてよかったー!しみじみとそう思いました。




読む森林浴。

です。

セクションごとに、野山や里の草木草花の名前があって、ほんの「百年前」はこんなふうに、野や山々を五感ぜんぶを使いながら歩いていたんだろうなあ、と思わせる、ゆったりまったり急がない物語。
専門家でもないのに、山々の樹木や草花の名前がするする出てくる人って、現在というか「普通」ではあんまりいないですよね。

綿貫さんの視線や神経、心というか魂は、預かって守る家の中にいても常に開放されていて、非日常を受け入れて愉しむゆとりがあって。

そんなわけで、前作に引き続き綿貫さんは、この世とあの世、人間と人外、時間空間、一般的な固定概念、いろんな理をがしがし踏み抜いてます(笑)
こりゃ人間じゃないものにだって懐かれるわw

一方で、綿貫さんの心の声は結構常識人っぽくて、綿貫さんの嗜好とは別人格な感じもします。

それにしてもさー、岩魚が好きだからって、イワナの夫婦がいるって聞いて会いに行こうって思うか普通(笑)

主人公の綿貫さんと、友人の南川さん、編集の山内さん、和尚さんに隣のおかみさん、そして高堂さんといった綿貫さんの日常生活にかかわりのある人たちは標準語であるのに対し、鈴鹿に向かって歩き始めた綿貫さんが出会う人たちや人ではないものたちは当然のように方言で話す。
そういう、綿貫さんの日常と非日常を明確に書き分けることで旅を幻想的なものにしていて、それで旅の最終目的は愛犬・ゴローを探すため、(犬や木々や人外の存在との接触を含めた)日常を取り戻すためという「心で通じ合う存在の大切さ」に終着点を持ってきて、つくづくこの物語は癒されるなあマイナスイオンが出てるなあ、と思ったのでした。

わたしは東京や大阪といった大都会ではなくても中途半端ながら街の子で、交通機関も学校も病院も商業施設も文化・レジャー施設もそれなりに充実してる(行こうと思えばすぐに行ける)環境に生まれ育ったのですが。
子供の頃から、お盆にお正月にGWと京都北部の祖父母の家に遊びに行くのを毎年それはそれは楽しみにしてて、その楽しみのうちのひとつが、丹波や綾部や舞鶴のまるでテンプレートな田舎の風景、どれだけわたしが成長しようとも変わらないだろう鄙びた風景を車の中から眺めることでした。
で、一番好きな光景は、秋の稲刈りが終わって、刈られた稲の束が稲木にかけられてる枯れた様子、あちこちから田んぼを焼いて上がる香ばしくて懐かしい煙の匂い。

ところが昨年秋に祖母が他界したことと、京都縦貫道がかなり出来上がって京都南部のバイパスやら名神やらと繋がって一気に北部方面に行けるようになったことで、こんな鄙びて懐かしい風景はもう、わざわざ見に行こうと思わなければなかなか見られなくなってしまったような、そんな淋しい気持ちでいたところに。
この『冬虫夏草』で、丹後地方とは正反対の鈴鹿ですが、ほぼ同じ風景に出会えるとは思っていなくて、祖父母や田舎の家や田んぼの匂いまでが、ぶわーっと思い出されて涙腺決壊しました。
懐かしい、日本の原風景。

百年前の日本はこんなふうに、いろんな境界線がゆるゆるで、人々も自然も神様も伝説も柔軟で、マスメディアに踊らされずに(ていうかテレビや電話というものが登場してないし)自分の足と耳と目で蓄積する情報社会で、現在の日本になるまでに日本にいったい何があったのかというと……何なんでしょうね。
現代の便利な生活も、情報化社会も悪くない、ただ人々の価値観がどうしてこんなに違ってしまうのか。
村で出したお葬式にお坊さんと神主さんが一緒に居てそれぞれに儀式を執り行ったシーンに、日本の本来の「なんでもあり感」があるような、そんな気がします。

土耳古に居る村田さんのことも出てくるし(『村田エフェンディ滞土録』)、高堂さんも相変わらず神出鬼没だし、ゴローも可愛いし、ファンには楽しいシリーズ二作目でした。
もうこれで終わりなのかなあ、もっともっと読んでいたいので何年かかってもいいから続編出ないかなあ。

少し時間の速度を緩めたいとき、日常を離れたいときに読み返したくなる作品だと思います。
癒されました。

(2014.1.4 読了)
スポンサーサイト
Comment (-)

ページの最初に戻る

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。