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『赤き死の訪れ』ポール・ドハティー 著

2013/07/29(月) 08:06:15 ポール・ドハティ THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
赤き死の訪れ (創元推理文庫)赤き死の訪れ (創元推理文庫)
(2007/09/11)
ポール ドハティー

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 はい、順番間違えてたけどアセルスタン修道士シリーズ第二弾。こないだ第三弾の感想を先に書いてしまいましたよね(苦笑)
 先に第三弾の方を読んでいても、事件の本筋はぜんぜん影響なかったです、が、ある謎に関しては先に知ってしまったので一緒に不審がれなかったのがもったいないといえばもったいなかったかな。
 相変わらず凄惨なシーンもありますが、これは時代背景が関係してるからだと思うので、そこを納得していただけるなら楽しいシリーズです。
 事件のネタばらしはしていませんが、別の懸案についてはほぼネタ割ってますので、やっぱり読了後にお付き合いくださる方がいいと思います。



相変わらずサザークの貧民窟は不衛生で貧しくて文化的な余裕も何も無いんですが、逞しくてそれなりに温かい人情もあって、住みたくはないけど憎めないねえ。ボナベンチャーも含めて。

今回の事件の発端は、密室状況での殺人事件。不可能犯罪というやつです。
この第一の事件が鍵といえば鍵で、続く連続殺人は「事件になるように仕向けた」という感じ。あ、ひとつはモロに首を吹き飛ばしてますが(汗)
とにかく、事件現場というか死体の描写がなかなかにグロい。
そのうえ、サザークのスラムを含めた当時の町の描写がえげつない。
それでもさくさく読めて、読後感が悪くないのは、アセルスタン修道士とジョン卿の人柄やコンビネーションのおかげでしょうね。

実を言うと、あの序章を忘れずにいれば、途中で因果関係分かってくるし、早い話が真犯人の目星までついてしまう。
今回はわりとトリッキーなのと、物的証拠が乏しいために、犯人を糾弾するシーンもいささか脆弱な気はする。むしろ、聞き込み段階での矛盾と言質をとったことの方が決め手。犯人が自白してよかったね。
で、殺された人たちのうち、より悪辣な過去だった人は犯人自身が残虐に、主犯格のいいなりに近かった人は運命が容赦なく殺したんだなあって感じです。

ただね、アセルスタンとジョン卿が聞き込みをしていくなかで、また別件でかかわりを持った人との会話のなかで、見逃しそうなかすかな手がかりをしっかり掴んで、それを連続殺人事件と墓荒らしとジョン卿の憂鬱の払拭までぜんぶがスーッとつながってリンクしていく快感はお見事。
本当に、そんな手がかり出てきたっけ?というくらいのものなんですよね。
そういう意味では、ちゃんとロジカル。

真犯人の動機はともかく。
なぜ、今?という疑問。そして犯人の心の拠り所。その所以は、序章に描かれたあの言葉がすべてなんですよね。
だから犯人は狂人というわけではないとわたしは思う。誰もが持ってる尊敬や親愛の情、崇拝の対象への思慕、名誉の回復、そういうものでしょう。
そしてそれは、アセルスタン修道士には共鳴する部分はあるはず。ライバルかもしれない医師に対しても、医学と天文学の違いはあっても共感できる言い訳のはず。
その意味で、今回の犯人もライバルのお医者さんも、アセルスタンの第一印象はそんなに悪くなくて、だから終盤の対決で感情的に過ぎるアセルスタンの姿もまた普通の人間。

ああ、そういえば今回、サザークの貧しい教会区民のメンバーのセリフにぐっときたものがありました。
溝堀り人パイクがアセルスタンに、「あんたは安全だよ、神父さん~(略)あんたにもときどき大笑いしてもらいたいだけだよ!」(131ページ)と泥酔して衒いも無く本音をぶつけてくるシーン。つまりそれが教会区民の総意のようなもので、読み書き算盤もできないあまり品のよくない人たちでも教会とアセルスタン托鉢修道士を尊敬する気持ちはちゃんとある。それがアセルスタンにもしっかり伝わる。どれだけ貧しくみすぼらしい教会でも、彼にとってはお城なんだと思う。ベネディクタもいるしねw

アセルスタンとお医者さんはいい友達になれるかもしれないと思ったんですがねえ。
キリスト教の教義が社会の規範だった当時は許されないことかもしれんけど…。
時代が違うとはいえ、キリスト教社会において、『解体新書』って、ものすごくセンセーショナルな本だったのかもしれないですね……。あと、レオナルド・ダ・ヴィンチの存在も。

十四世紀、人の命も動物の命もこんなに軽くて、裁判の刑にしても私刑にしても個人の名誉はとことんまで剥奪されて、富の収奪や蒐集はあけっぴろげすぎて、よくこんなので人類滅びなかったなあとつくづく思うんですが。
そんな泥水のなかのような社会でも、ひとすじの希望や夢や愛情があったからこそ、みんな貪欲だったんでしょうか。
正義とか理想とか信念とか、そういうことと、ひとりひとりの人生の愉悦がバランスよく混ざって生きていけた幸せな時代は、いつの頃だったんでしょうか…。
そんなことをつらつらと考えながら、本を閉じました。

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