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『神の家の災い』 ポール・ドハティー 著

2013/08/19(月) 00:26:54 ポール・ドハティ THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
神の家の災い (創元推理文庫)神の家の災い (創元推理文庫)
(2008/11)
ポール ドハティー

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 アセルスタンシリーズの第三作目。ええと、二作目読まずに先に読んじゃった。何か二作目に出てきたエピソードが絡んでわけがわからなかったらどうしようかとも思ったけど、結果からいえばぜんぜん大丈夫でしたw
 それにしてもねー、アセルスタン修道士シリーズって本国ではもう第十弾まで出てるらしいのに、なんで邦訳はこの第三弾までしかないのっ!?早く続きをー!!
 第一弾の『毒杯の囀り』の感想でも最初に書いたと思うんですが、この作品もまあ想像を絶する不衛生な時代のお話です。こういうものが苦手に人にはキツイかもですが、それをじゅうぶんカバーできるだけの本格ミステリなので、やっぱりお勧めしたいです。



さてさて。

アセルスタン修道士と、ジョン卿。
ますますいいコンビになってますねえw
この、善良な修道士と公明正大な検死官のコンビは、読んでて安心します。相棒ものの王道ですね。

今回は、なんと難儀な謎や事件がみっつ、同時にアセルスタンを巻き込みます。
修練時代を過ごした修道院での連続殺人事件。
ジョン卿が悪質な罠にかけられた、宮廷での陰謀。
アセルスタンの貧相な教会に起こった、「災い」?

このうち、教会での「奇跡」現象の真相は読んでてほぼ見当がつく。「奇跡」のカラクリは、アセルスタンとジョン卿がほか二件の謎のために駆けずり回ってる途中で行き当たったもので、それは謎解きのシーンになって分かったけど。
ていうか、序章の、ふたつの場面のうちのひとつ、コイツやろうって思ったそのまんまで。
ただねえ、この奇跡騒動は、サザークの貧民窟にその日その日をなんとか生き延びる人々にとって、聖アーコンウォルド教会がどういうポジションなのか、司祭であるアセルスタン托鉢修道士をどう捉えているのか、まったく飾ることなく剥き出しの俗世間を描くためには最適のエピソードだったんだなあと。

ジョン卿の本来の場所である宮廷の煌びやかで贅沢三昧で庶民のことなんてこれっぽっちも考えられていない場面との対比がエグイくらい。

そう、このシリーズは、十四世紀のイギリスの、宮廷と宗教とスラム以下の無法地帯をグラデーションのように混ぜていて、現代のわたし達からすればとんでもない矛盾と無法と混沌と貧富の二極化にしか思えないことが、たぶん当時の人々にとっては疑ってみたこともない当たり前の世界なんだろうなと伝わってくるその熱量がすごいのです。
現代でもインドのガンジス川が宗教的意義と同等に生活の場でもあって、沐浴と葬送が同時になされるようなカルチャーショック、あれに近いです。

美味しそうな食べ物やワインの匂い、正体不明というか想像したくない腐敗したいろんな臭い、刑場、港湾、流通、交通……、川も道路も、そんな清濁併せ持った、「人間の営み」を乗せてまわる世界。
教育どころか文化って何?みたいなギリギリの暮らし。物乞いの存在を蔑む余裕もない、ただ欲望と打算と正直さに瞳をぎらぎらさせて生きる人々。
教会区の議長も溝掘り人も春を売る女性も使い走りの少年たちもみんな、必死で生きてるから、憎めないんですよねえ。

ところで、政敵にふっかけられた無理難題という罠の、謎解き。ジョン卿かっこいい!
で、やっぱり陛下こわい……ガクブル
この不可能犯罪の謎解きだけでも中編くらいは書けそうなのにね、それを添え物っぽくしてしまう度胸がすごい。

一番謎と関係者とページ数の多い、修道院での連続殺人。
これはやられたわー!
犯人の動機がね。
で、一通り真相がわかったところで気がついた。
この犯人のやったこと、その動機、これって、アセルスタン司祭の前任者の魂とたぶん共鳴する。
だから犯人が悪辣というより、冷酷すぎて恐怖感の方が大きいです。
まあ、でなかったらこんなに簡単に人殺さないでしょうけど。

相変わらず大食漢で飲んだくれのええかっこしい、でも肝心なところでは冴え渡り公明正大が服を着て歩いてるようなジョン卿と。
過去の罪を悔い、日々苛まれながらも魂は善良で、物事の本質と推移をはっきり見通せてるほどの知性を持ち、美人の未亡人に頬を染めるアセルスタンの活躍と。
彼らを支える人々の笑顔と打算とさまざまな愛情の形。

悪臭ただよう不衛生さの中、キャラクタが気持ちいいほど正直であけっぴろげ。

日本で1300年代って言ったら鎌倉末期~室町時代。
この時代の日本を舞台にした本格ミステリって、何かありましたっけ?あるならぜひ読んでみたい。読み比べというか。
この頃の庶民は、権力者や僧侶に対してどんな感じだったのかねえ。まあ、権力者に関しては天皇と幕府という二重構造で、雲の上の世界というよりは乱の素地にしかならんかったやろうし、罪と罰の概念もキリスト教と仏教は違うしね。

つくづく、人間にとって宗教って何だろうと思ってしまいました。
この中世の時代、聖職者は神の代理人で教会は聖なる場所で、人生の節目に必要な存在。
ただ、いまの価値観のわたしからすれば、宗教や神の恩寵や奇跡の中を生きるのは、人類の進化にとっては足枷だろうと思うんです。
良いことも悪いことも、責任の半分も、因果応報もすべて神の御心だと言ってしまえば、どれだけ人生ラクでしょうね。
その思考停止、自分の人生の責任転嫁、自分のこの人生は神のためにあるのか人々のためにあるのかというのが人間の意識を成長させるには、亀の歩みではないのかな。
せいいっぱい、自分の人生を責任もって生きたという実感は、現代のわたしのとはきっと違う。
わたしは、今のこの時代が今のところ一番良いものだと思ってます。ベストじゃなくてベター、という感じで。
だからこそ、この人類の歴史、日本史でも世界史でも、この加速する進化の歴史は、たぶんいいこと。
ただ無邪気に真摯に神を信じて奇跡を信じて、人のために祈ることが根付いているこの時代の人生は、それはそれで当時は精一杯生き切った証かもしれない。競争よりも陰謀、追従と団結を。施しを疑わないこと。

近いうちに、第二弾の『赤き死の訪れ』も読みます読みます!
で、お願いですから続きを!
アセルスタンとベネディクタさん、どうなるのこれからー!
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