こんな本読みました。

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『コリーニ事件』フェルディナント・フォン・シーラッハ 著

2013/05/22(水) 08:22:42 フェルディナント・フォン・シーラッハ THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
コリーニ事件コリーニ事件
(2013/04/11)
フェルディナント・フォン・シーラッハ

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 ドイツでなければ書かれなかった本。シーラッハさんでなければ書けなかった本。そんな気がします。
 刑事事件専門の弁護士さんによる、法廷劇ですが。人間ドラマの凝縮された場でもあるんですね。
 先の二冊の短編集が日本はもちろん、世界中で翻訳されているのに、そんな世界の目に阿ることなくただドイツを見つめて書かれた作品。


それほど分厚くもないし、行間みっしりってわけでもないのに、作品世界の色彩も内容も重い重い。

駆け出し弁護士の自分が担当することになった事件の被告人が殺害したのは、自分の親友の祖父だったという葛藤。被害者には孫のひとりのように自分をかわいがってくれたかけがえのない思い出がある。その人を殺した男。動機には一切口を噤む男。

公判の維持云々よりもまず私人として、私的感情で、なぜ殺したのかその動機を知りたい。きっとライネンはそう思っていたに違いない。でもそんなことは一行も書かれていない。出来る限りの意思で抑えて、弁護士として動機を知りたいという。

シーラッハさんの筆致の特徴によく挙げられる、「淡々と」「ギリギリまで削ぎ落とした文章」。
既刊の短編集を読んでいる読者は、わたしは、そろそろシーラッハさんが「あえて削ぎ落とした言葉」を拾おうとしながら読むようになったのかも。物足りないのではなく、淡々と書かれる文章という水面の下にどれだけの言葉が堆積しているのか、それがどれほど熱いマグマなのか、それを見たいのかも。

弁護士さんですから、文章をシンプルにすることはお手の物でしょうね。
ただ味気ない文章の羅列なら、これほどまでにファンに待たれたりしないはず。シンプルな筆致の根元には命のぬくもりが感じられるから。

弁護士・ライネンの少年時代。
被告・コリーニの少年時代。
時代も場所も違うふたりの記憶。

罪状を認めつつも動機は一切語らなかったコリーニの調書や証言等を、数え切れないほど読み返して読み込んで、100回以上読んでも気がつかなかったのに次の101回目のときにかすかな手がかりをようやく見つける、それが隠そうとしても滲み出す人生の一部。
警察官はもちろん司法関係者の人たちが、特に書類を重要視するのはそれなんでしょうね。

やがてライネンが探し当てた真実は、被告人だけでなく、自分をもずたずたに切り裂くものだった。

殺害方法や遺体の状態、また被害者のおじいちゃんの経歴の中に、イタリアという国名が出てきたし、それがコリーニに繋がるんだろうなと思いながら読んでたけど、…なんていうかその予想が外れてほしかったような感じ。それだけわたしは平和な時代と国に生きてるんだなあとしみじみ思う。


ドイツの人たちは、これをどう読んだのか。
オビによると、この小説が出て、なんと現実に政治が動いたそうな。
そりゃあセンセーショナルだったでしょうねえ。
日本だったら、さしづめ「靖国神社への参拝問題」かなあ。
当時の人たちはもう亡くなっているか高齢か、とにかく孫や曾孫も居て、自分は遠からず「ご先祖様」と見なされる。
ご先祖様が罪を犯していたと知ったら、孫たちはもう輝く未来を夢見ることはできなくなるかもしれない。ヨハナのように。現実に、ヨハナと同じ気持ちの若い人が悩むかもしれないこの小説。
コリーニはきっと、当時の社会情勢よりも戦争よりも、ただひたすらにジャン=バプティスト・マイヤーだけが憎かった。彼の子や孫のことや、現在のドイツのことは、そのまま受け入れていたんだろうね。それもあって、動機を語りたがらなかったんじゃないかな。
だから、現代の若い人たちは、過去の現実を忘れなければいい。
今回、実際に政治まで動かすほど大きな「法律の落とし穴」が明らかにされたように、真実に対してフェアであればいい。

育ててくれた「家族」の気持ちと「法律の落とし穴」によって、コリーニはこうするしかない人生だった。
もしかしたら、裁判でも裁けない人だったのかもしれない。
でも、どんな理由であろうと、人を殺してはいけない。社会や秩序と無法は相容れない。コリーニは、何の犠牲になったんだろう。社会か、法律か、時代か。

ライネンをはじめ登場人物はみんな人間くさくて、欲張りで、それって平和な証拠ですよね。
いつまでも人間くさく欲張って生きていけるように。人間としての尊厳をもって死ねるように。

この小説が投げかけたものは、暗く重くつらいものですが、変えられない過去を教訓にして正義(justice)がすべての人に届けられる未来となりますように……。

訳者の酒寄さんからリプライをいただいて、それによると、シーラッハさんの次回作はふたたび短編集だそうです。
楽しみ楽しみ♪
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