こんな本読みました。

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『幻坂』 有栖川有栖 著

2013/05/08(水) 16:51:36 有栖川有栖 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
幻坂 (幽BOOKS)幻坂 (幽BOOKS)
(2013/04/12)
有栖川有栖

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 す ば ら し い で す!
 今年のベスト級の一冊。
 怪談が嫌いな人ほど、読むといいです。ちっとも怖くない。それどころか、ぐずぐずに溶けそうなほど優しい。
 有栖川先生の筆致が、いよいよ円熟の域に入ったんやな、と、心が震えました。
 大阪の人、大阪に所縁がある人は、一家に一冊、家宝にするといいです。



こないだ、千日前のジュンク堂でのサイン会。
ミナミ(難波)はまったく分からないわたしはただ、引率されてまごまごと付いて行くのが精一杯でしたが。

上町台地の歴史についてのお話や、大阪のイメージについてのお話は、過去のトークショウや対談などで拝聴していたので、その世界が物語となって収められた感じです。大阪(大坂)ってそんな歴史があったのか~、とかいうことはなく、先生のお声とお話を思い出しつつ、ゆっくり読みました。

もう、【枯野】なんて途中で涙が止まらんかった……。【夕陽庵】も荘厳で手を合わせたくなった(本に?)

一編一編、どこのお話も、静かで緩やかな時間の中で死者と生者が寄り添い対話して、坂を歩く。道を、人生を歩く。
こんな優しくあたたかい物語を、本格ミステリ作家の有栖川先生が書くなんて、と思う人もいるかもしれないですね。
でも。

有栖川先生はきっと、先生の日常というか慣れ親しんだ風景を見つめて耳を澄まして匂いを嗅いで空を見上げて、書き上げられたに違いないと思うんです。この短編集のそれぞれの風景が、有栖川先生にとっての、大坂。視えても視えなくても、感じ取る澄んだまなざしと心の中に息づく大阪。

上町台地が太古の昔は半島のような場所で、海がそばにあったという神話のような起点を折々に盛り込みながら、悠久の歴史から現代までの永い時間の移ろいを、遡るように本の中に綴じられた一冊。

読み終えて本を閉じても、夕陽が漏れ出しているような、抒情性があふれ出しているような。
しばらくは、涙が止まりませんでした。
かなしい涙じゃないのに、淋しくもないのに、ひとはかなしくて淋しくて一人では生きられなくて、実体をもたずに揺らぐ姿であっても救われたり応援されたり恩返ししたり敬慕したりする、その痛切な何かが涙になって溶けていく、そんな感じ。

天王寺七坂、坂が舞台で、そこに行きかう人々はみんな自分の人生の役者で、脚本は時間。
半島だった上町台地がやがて内陸になって道が出来てそれがどんどん伸びていく。
有栖川先生はこの七坂を散歩されるとき、悠久の昔から今も変わらない、「足音」を聴いてらっしゃるんだと思います。
坂やまわりの風景の移ろいはもちろんですが、ただひとつ変わらずに今に続くのは人の営み、声と足音。
この地を大切に思っておられるんやなあ、と改めて。

大阪の人は幸せですね、こんなに美しく静かな大阪を描く有栖川先生がいらして。

京都はある意味、歴史のテーマパークになってしまって、そのぶん見所はいっぱいあっても地図は継ぎ接ぎだらけにされて、魑魅魍魎が幅を利かせてたり偽電気ブランと妙な乗り物が空を飛んでたり狸が紛れ込んでたり大学生が学校対抗で妙なことしたりするし、山村美紗大先生によって京都市内といわず府内一円に屍を埋め込んでまわられましたのでねえ……あはははは。
あ、普段の京都、という観点でひとつ。
京都人は、昔、「おばんざい」なんて言いませんでした。おかずって言うてた。
だからテレビの京都ロケの番組で、「京都ではお惣菜のことを“おばんざい”と言うんですよー」なんて言うてるのを見て、何それ?ってみんな言ってたんですよ。京都から遠い地域の人たち、特に東京のテレビ局が京都に押し付けたイメージ。ほっこり、という言葉も、もともとはネガな意味合いの言葉です。それをさも「京都らしい言葉」なんて、京都人みんな心の中で笑ってますよ。
だからね、おばんざいとかいう京言葉は観光都市としてニーズに応えて逆輸入したようなものなんですよね、それを違和感とか抹殺したい言葉とかいいやがった某コラムニスト、そこに直れ。30年も京都に来たことないと言いながら、アホなこと言うてるんちゃうわボケ。

こほん。失礼しました。


ええと、どの短編もすばらしいのですが、ひとつだけ特に感想を書くとしたら、やっぱり【口縄坂】でしょうねえ、わたしの場合(笑)
扉のグラビアに猫の姿があって、おっwと思ったんですが。

猫は、口縄だったのかー。
そしてあの猫の数、あれは、口縄のハーレムか?
ぞりぞり、間違えた(笑)、ぞくぞくしましたよ。この一編が一番怖かったかな。
猫に魅入られる人って、飼ってるとかお世話してるとかいう話とは別に、こうして魅入られる人はたぶんいる。
そこが、猫の魅力のひとつでもあり、怖さのひとつでもある。
それにしても、さすがに愛猫家の有栖川先生、猫の描写がまた可愛くて怖くてすばらしいです。

他のお話にも猫が出てくるものがありますけど、そちらは怖くないですひたすら可愛いです。


あとがきまですべてゆっくり読んで味わいつくして。
有栖川先生の心の中にたゆたうようで、わたしという存在が先生の世界に溶けていきそう。

有栖川先生のノンシリーズの中で、わたしのトップクラスのお気に入りになりました。
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