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『思い出のとき修理します』 谷 瑞恵 著 

2013/04/30(火) 09:19:24 谷 瑞恵 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
思い出のとき修理します (集英社文庫)思い出のとき修理します (集英社文庫)
(2012/09/20)
谷 瑞恵

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 ツイッターで、とある編集者さんが紹介されていたのを見て、タイトルをチェックしてました。ずいぶん前。読んだの今日。ああもうすみませんすみません。
 初めて知る作家さんのお名前で、その編集者さんの紹介ツイートと(『東京BW』で)馴染みの版元さんであることと、ラノベ風なタイトルではあるけどミステリー調なのかな?という漠然とした感じしか前情報がなくて。
 読み始めたら、なかなか面白かったので。



ええとね。

まあ、早い話が、お節介な人たちが見守る商店街のなかの、時計屋さんと若い女性のそういうお話(笑)なんですけどね。

この作家さん、かなり上手いと思う。もっとがっつり本気で本格ミステリ書いたらどんなだろう、そう思った。

最初は、イラッとしたんですよ。お節介が。

前にも書いたかな、わたしは、小説での、「閉じた関係or閉じた世界で満足しているキャラ」を「それじゃいかん!と価値観押し付けて強引に引っ張り出そうとするキャラ」が、だいっ嫌いなんですよ。
堀田家のお節介は「人間としてのLOVE」から来ている普遍的なものですが、たいていは、お節介焼く人の自己満足でしかないし。
本人が、あるいは当人同士が、閉じた世界で満足してるなら、それでいいじゃないですか。外野がやいやい口を出すことでもないし、別に悪いことでもない。閉じた世界に飽きたら自分から出てくるでしょうよ、って。
現実は別ですけどね、わかりませんが。
閉じた世界を軸に小説が動くなら、なんでそんな余計なお世話をするキャラがイイ人だーって人気になるのか意味不明。わたしはそんな読者です。ついでに肉食系女子も大嫌い(笑)

で、主人公の明里さんもまた、人間不信&自信喪失の過去を引きずって逃げ出して、昔の記憶だけを頼りに商店街に引っ越してきたわけですよ。
それを早速、商店街の会長という若い時計屋さんが個人情報べらべら喋りだしたり、神社に住み着いてる(?)太一くんが振り回したりと、わたしの嫌いな要素がこれでもかと。
ところが、それを我慢して読んでくうちに、あれ?と思って。明里さん、閉じてない。もがいてるというより、自分を認めてほしくて、手を握って欲しくてうずうずしてる。
そうわかってからは、一気に読めました。はーやれやれ。

で、連作短編集になってて、時計屋さんがお客さんの「過去」を「修復」していくさまを横で見ていて、惹かれていくと同時に縋りつく明里さん。
また、聞きたいことがいっぱいあるだろうに、あえて訊いてこない明里さんに救われたのか、商店街のなかで妙齢の女性が彼女だけという環境からか、明里さんを自然に横に並ばせる時計屋さん。
そこはまあ、お約束の流れなのでいいです(いいのか)

この作家さんが上手いなと思うのは、現実と幻の境界が曖昧になっていくときの、そのミステリアスな展開の仕方。
いつもは作務衣の太一くんが、たまたま白い服を着ているそのときに、季節は冬から春の境目で雪もまだちらつく頃で、まるで魔界に通じてるような魔の交差点にそれらを重ねて、明里さんを惑わせて、素直にさせる。ああその前には、キツイお酒飲ませて幻覚とリアルの境界を薄めたりもしてたし。
絵馬のことや、時計屋さんを心配するときの言葉、お賽銭をネコババするために守銭奴みたいになってるけど、あれは神社を維持したい一心で。
そういう、ただ極端に調子のいい、空気の読めない、ちゃっかり者の太一くんが、実は……?と錯覚してしまう。
けれども、最後まで読み終わってみると、オカルト的なものは綺麗に消えて、過去と現実がしっかり噛み合っているんですよね。明里さんの幻覚の中でのことは否定も肯定もしないままで。でもこれでいいと思います。


太一くんだけじゃなく。
一話ごとに出てくるキャラクタ(時計屋さんのお客さん)が、過去の幻影なのか現実生きている人なのか、めっちゃ曖昧な展開が続くんです。
これらももちろん、現実感を持たせて着地します。
ただし、明里さんの記憶の曖昧さと、時計屋さんの過去の出来事と、太一くんの杞憂さと視点の深さ広さ、そういうものがどんどん凝縮されていくので、たぶん惑わされた読者はわたしだけじゃないよね?
明里さん、生きてる?
時計屋さん、本人?
太一くん、何者?
ぐるぐるします(笑)
そういうミステリーを、ラスト、「おばあちゃん」が明里さんの前に現れたことで、全部纏めて整合性を持たせてしまう。
力技といえば力技ですが、わたしは上手いなと思う。

まよパンが好きな人だったら、気に入るんじゃないかなあ。ああいう系統です。

時計屋さんが達観も諦観もしていない人だとわかる、お兄さんとのこと。
お兄さん、嬉しいんじゃないかと思う。形はどうであれ、夢を、いま叶えてるでしょう。
明里さんのお母さんも、しょうがないよね。虹色のマフラー、きっとおじいちゃんかおばあちゃんに見つけられてたんじゃないかな……本当に悲しんだと思うおじいちゃんとおばあちゃん。
プレートから零れ落ちた「計」の文字。
神様の「計略」とか、太一くんの「計算」とか、そんな大きな意味を持って。きっと今も、太一くんの宝箱に大切に仕舞われていると思う。

そういう、「あえて、描かれなかったシーン」を、行間に丁寧に埋め込んであります。
コバルト文庫で、読者がどう読んでくれたら嬉しいか、をたっぷり体験してきたんだろうなあ。

気軽に読み始めた作品ですが、意外に深くて、いい読後感です。

最初に書いた、紹介ツイートをされた編集者さんが引用された部分を、やっぱりわたしも引用して結びにします。

「過去は変えられない。でも、修復することはできる。自分の一部だと認めて、大事にしたいと思うなら。」
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