こんな本読みました。

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『闇の虹水晶』 乾石智子 著 

2013/03/25(月) 21:14:21 乾石智子 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
闇の虹水晶闇の虹水晶
(2012/12/07)
乾石智子

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 ふう。夢中で読んじゃった。やっぱりこの乾石さんのファンタジーはすごいねえ。
〈イルスの竪琴〉シリーズの続きを読もうと思ったんですが、一冊で終わるこちらを先に(笑)
 だいたいの流れは書いてしまっているので、未読のかたは回れ右です。読了後にお付き合いください。




わたし、これで乾石さんの著作四作を全部読んだんですけど。
なんでしょうねえ、こののめりこみ方。
肌が合う、というニュアンスじゃなくて、……んー、乾石さんが読ませたいように読んでるというか見せたい世界を十分に見ているというか。
どういう世界で、どんな人たちがどんな衣装でどんなものを食べてどんな風に肌を焼いてどんな涙を流すのか。そういうものを、目の前でヴィジュアル化されたように見ている気がする。
描写にシンクロしやすいのかな。

というのも。
主人公のナイトゥルが、一族を滅ぼされたのに自分は〈創石師〉という力を持つゆえにただ一人生きることを許されて飼い殺しにされているその虚無感や罪悪感といったもので覇気なく生きている序盤は、読者のわたしもかったるくて面白くないなあと感じるんですよ。
ところが、彼が運命に翻弄されながら少しずつ、自分のなかの水晶の柱に力を蓄えていく様子、不思議な闇の虹の光の石を受け入れていくにつれて、もう止まらなくてですね。夢中で読んでました。

ナイトゥルや、彼を支えるドリュー、一族を滅ぼしたオーシィンやキオナの統べる民の一員ながら素直な二人の若者との絆、そして敵。敵の敵。新たな脅威、高潔で威風堂々の新興国の覇者。
キャラクタがそれぞれに個性的で、ハイファンタジーとはいえかなり人間臭くて、どんな風にナイトゥルが立ち向かっていくのかとまるで彼の一族が彼方で見守るような気持ちで読んでたんですよね。うん。
分かりやすい仇敵、強大な敵、一方で獅子身中の虫、どちらがより厄介か、というドラマもそれぞれの陣営に組み込んであって緊張感は持続するし。

最初はね、育ちの良すぎるナイトゥルにはつらい境遇だなあ、と同情もしたんですが。
そのうち、ドリューと同じように、もっとしゃんと前を見て、と言いたくなったり。
ナイトゥルの目にはオーシィンもキオナも、粗野で品の無い、人間の感情に疎いという判断でそれは間違ってないんですが。
読者の目には、ドリューと同じ意味で、キオナも、ナイトゥルの命を救い人生を支えたひとりであることは事実で、すべてを諦めて生きるナイトゥルにそれが分かるのはいつかなあ、と。

ファンタジーだからこそできる、時空を飛んでいろんな人物のいろんなシーンを同列に書く、という手法。
今回はちょっとミスリーディングに使われてましたね。
ラストで明かされた、「ライハイル王」との対面。
これまでの乾石さんの三作品で、現在の世界と過去の世界をひと続きにしたり、複数の人物の視点を並べたりしていたので、こういう書き方をするんだなあという思い込みがあって「時間軸の書き分け方が微妙」という評価もあったんですけど、今回はそれを最大限に生かしたのか!という。
そうかそうか、こうきたかw

サンジャル国の破竹の勢いが、王の高潔で夢のような志に大軍が従っただけ、という美しいゆえに脆い一面があることを。
オーシィンや竜のドロドロと気持ち悪く悪臭さえ漂うような闇のこころ、黒く暗い感情、憎しみや悲しみといったものを、ナイトゥルに命をもって教えたという展開が深くて、ガラス細工のように美しく綺麗で清冽なライハイル王の目指す世界の脆さをナイトゥルが教える、その皮肉というよりは人間らしい連鎖が、素晴らしくてですね。
キャラクタの目配りの行き届いた配置と奥行きに、心からの拍手☆

〈塩の魔女〉コレは、結局最後まで、ナイトゥルという存在そのものに執着して、自分と同じ場所に堕としめたかったのはこれはもう愛情でしょうね。
憎しみという形であっても、根っこは。
ナイトゥルと一緒に居たくて、品のいいお坊ちゃまに純粋で無垢な笑顔を自分だけに向けて欲しかった、強欲な。
愛情を呪いに変えてでも、彼と一緒に在りたかった、その心が少しだけ哀れです。そしてそれは、闇を知ったナイトゥルなら分かったはず。

ナイトゥルが、人の顔や頭上に浮かぶ靄を石にして不安や恐怖や痛みを取り除く水晶の力を選び、オーシィンが深淵を選んだ時点で二人は相容れない存在になったわけですが。
オーシィンはたぶん、命を削って石を生み出し、綺麗なものを見せてくれるナイトゥルが羨ましかったんじゃないかなあ。
アルビルの一族を根絶やしにしたのは、軽んじられた恨みが募っての私怨で、そこがドリューの一族を襲ったときとは違うのですが、アルビル一族への恨みは羨望でもあったわけで、その羨望の一番の的はライトゥルに向かったような気がします。
疑うことを知らない、無垢な心を持ち、将来を約束された幸せで安穏な若者。
キオナは自分の息子とのあまりの違いに、地団駄を踏み息子をけしかけるくらいはしただろうと十分に推測できます。

持たざる者は、奪ってでも手に入れる。
その攻撃性が無かった民は蹂躙されていき、でも結局、もっと強靭な柱で支えられ統率された集団に蹂躙されていく。
人の営みは、繰り返し繰り返し、血と涙と呪詛を積み上げていく。
でもその繰り返される歴史が、螺旋階段を上り高みを目指すものであるように。
世界の成熟、人間の記憶と希望は、螺旋を駆け上るものであるように。
そんな願いが込められた、壮大な物語でした。

ところで、誰か、グリフォリスを描いてくれませんかねw
獅子でありながら、ナイハイルとナイトゥルには猫になる。た ま ら ん !
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