こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

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『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生』 伊東 乾 著 

2013/02/15(金) 20:16:14 エッセイ・ノンフィクション THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生 (集英社文庫)さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生 (集英社文庫)
(2010/11/19)
伊東 乾

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 第四回開高健ノンフィクション賞受賞作。
 わたしはこの本を図書館で借りて読みました。初版2006年11月、翌12月には二版。借りたのは二版でした。
 オウムのあの事件について書かれた関連書籍は売れない出せない、という壁にぶち当たったという著者の言とは裏腹に、重版されたんですね。これも開高健ノンフィク賞のおかげなのかな。

 

わたし、たまに、ほんのたまにですが、読書の神様がついてるんじゃないかと思うことがあります。
読書の傾向や内容に流れがあって、一見無関係な本と本が繋がってる。
今回も、ひしひしとそれを感じました。

というのも、この本を借り出してしばらく、放置してたんです。ていうか少し読んで途中で投げそうになった…。
で、代わりにと読み始めたのが、自腹で買った、物理学の2冊の新書。
これは読みたいと思った竹内薫先生の新刊は、ダイエットから宇宙まで(笑)を物理の側面から取り上げてみようかと言う『なんでもカロリー計算』というタイトルで今までも竹内先生のご著作を何冊か読んでるおかげかスムーズに読み終えて、さて2冊目。こっちが難物で(苦笑)
がっつり、「物理」なんですよ。基礎中の基礎をわかりやすく、というコンセプトですが、理系まったくダメで物理なんて義務教育期間中、バネの段階で涙目になってたくらいのわたしで。
でもまあ、心理的な壁を意識して低くもって、とにかく読もうと頑張って読んでます(まだ読み終わらない……しくしく)

で。ここからです。
その物理の新書2冊のおかげで、元素だの原子だの陽子と中性子がどうしたクオークだなんだ、そういうものをごくごく表面的なものだけでも、同時に読んでいるというその偶然が。
この『さよなら、サイレント・ネイビー』を読み進めるのに、ものすごく助けになりました。
この本は、地下鉄サリン事件の実行犯の一人が、東大大学院の…えーとちょっとまってね、……「理学部物理学科」「素粒子理論研究室」(まったくわからない領域なのでこれで合ってるのかどうかもわからないっす…)に在籍していた超理系でとんでもなく賢い人だったそうでして。
そして、この本の著者である伊東先生も、音楽家でありながら物理学も修めたかたで。
借りるとき、そんなの知らなかったのよ……。
つまり、物理繋がりで、先の新書2冊を読んでなければちんぷんかんぷんなところがあったばかりじゃなく、
「こんな、日本の未来の頭脳とも言えるほどの俊英が、なぜカルト教団に走ったのか?」
という事件当時からの疑問にも、その学歴や学識からの説得力があって。

オウムについて、もう終わったことだとか、一部の狂信者がやったことで自分たちには関係ないとか、そういう今の日本社会にこそ、もっと読まれてほしいと思った一冊です。
というのも、この本の言葉を借りれば、わたし達は、「オウムの失敗(教団が暴走したことではなく、オウムのような集団を生み出してしまったこと)から何も学んでいない」「教祖と実行犯が逮捕されて、あとは刑が確定すればいいという、そんな根っこの浅い話じゃない」ということ。
姿形、パフォーマンスを変えた「次のオウム」が、今も静かに活動していて、いつかその集団が暴発したとき、また同じことが起きるから。
事件の被害者と。
加害者という名の被害者と。
かなしく、やりきれない思いをする人たちを、また生み出してしまうから。

この本で取り上げられている被告は、出家というよりは拉致されたも同然の、そのスーパー学歴を狙われた故の騙しテクニックで、とうとうあんな事件の実行役までさせられてしまったとか。
そして彼とわたし達は、ほんのわずかな分岐点の違いしかないとか。彼はわたしで、わたしは彼だったかもしれない、と。
被告の人となりをよく知る著者の目を通して見ると、事件は、そしてカルト教団というものは、そんなに浅いものじゃなく、もっともっと時代を遡ってしまう、ごく日本人的なものを核に、世界中の選民思想やジェノサイドまでを養分にしてしまうその根の深さを、知っておいた方がいい、と。

いろいろ複雑な気持ちがぐるぐるして、内容の詳細なところまで触れられないんですが……。
読んでよかった、知ってよかった、そう思った一冊です。
いつか、わたしが、日本社会が、世界が暴走する前に。

最後の、著者から獄中の被告に向けた手紙が胸に迫りました…。
塀の外からの自由な立場を前面に出した空々しいものでなく、最近の言葉でいえば「意識の高い」わかったふうな言葉でもなく、助命嘆願をしたいわけでもない、ただただ居酒屋でしんみりと昔話をするような、そんな手紙。
自分の言葉がカケラでもいいから君の心に届いて欲しい、という思いが伝わってくる、素敵な手紙でした。

実を言うと、わたしはこの被告の判決がどうなったのか、今までがどういう判決で、現在はどんな状況なのかも知りません。
それだけ事件は風化してしまったし、他人事になってしまったし、もうあんなことは起こらないだろうという根拠の無い気持ちも正直ありました。
関西人には、地下鉄サリン事件の二か月前の、阪神淡路大震災発生の方がはるかに身近で切実で、ぶっちゃけあの事件のせいで日本の耳目が東京にもっていかれて阪神淡路の復興はもう忘れ去られていくのかも…と思ったことも一度や二度じゃないんです。
でも、やっぱりどこかで繋がってる。
そう思いました。

図書館で借りてきたのは単行本ですが、文庫化もされているようなので、文庫版は必ず買います。


(集英社)

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