こんな本読みました。

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『カマラとアマラの丘』 初野 晴 著 

2012/10/30(火) 16:53:36 初野 晴 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT

 ……ツイッターでこの本を知ったときは、いやいやぜったい無理!今のわたしは読めない!って思ったんですけどねえ…読んじゃった(苦笑)
 ていうか、書店で面陳されてて悩みつつちょっとだけのつもりで立ち読みしたら、いきなり涙がぶわわわわーっと出てきて、これは逆に荒療治の意味で今読んどいた方がいいのかも、と思って買ったんですよ。
 したら。
 予想以上にすごい作品だった……!






訳ありの動物の埋葬をしてくれるという、廃墟の遊園地。
正体不明の墓守。
嘘をつけない、大切なものを墓守に差し出さないといけない、などと、都市伝説のような噂。

わたし、初野さんの作品は、『1/2の騎士』を読んだときに、ああこの人のはちょっと苦手というか肌に合わない、と思って以来ぜんぜん読んでなかったんですけど。
こんなあらすじを知ったら、ましてやわたしは16年も一緒に暮らした姫を亡くしてまだ間がなくて、そんな時期にこんなの読むなんて自虐以外のなにものでもないじゃないですかッ!…と腰が引ける一方で、こういう話だからこそ読みたいという欲求も無視できず。

ああそうだった、初野さんてミステリーはミステリーでも半分くらい社会派というのか、要は本格ではなくてミステリーなんですよ(何が言いたいのかわかりませんよね、わたしにもわからない)。

とんでもなくヘヴィなテーマで、立ち読みしたときには溢れそうだった涙がピタッと止まりましたですよ(苦笑)
ここまでモラルとか倫理とかが絡むと、逆に泣けない。ただ心の底に澱のように沈殿していく感じ。

墓守の森野さんが探偵役なのかというと、推理じゃないしね。埋葬してほしいと頼みに来た人たちの心を見透かして、読者には最後まで伏せられてた依頼者の情報ももちろん、連れてこられた動物たちの声を聞いて真実を読者より先に知ってるんやもん。
ただ、最後の一話でおおかたのベールを脱いだ森野さんという存在と動物霊園としての遊園地の存在を改めて考えると、認めたくないことや口にするのも嫌なほどの悪夢というのは、第三者(読者)から見ればミステリーですわね。

それにしても…、一話目を除いて、まあエグイ話の連続だった……。
一話目のゴールデンレトリバーはね、ああなるほどー、なんですけど。
二話目からはもう、人間の業の深さに凹むへこむ……。四話目なんて酷すぎる……おんじい以外、みんな纏めていっぺん死んでこいッッッ!

わたしは特に二話目のお話が強く印象に残りました。なんちゅーかもう、人間ここまで開き直ったら怖いもんなしやなあ、と心が捩れるような感じで読んでたら、ラストがすごかった…。これは怖い。自分がこの夫婦の立場だったら怖いし、シュラフの中のだったらもっと怖いし絶望しかない。
なのに、少しだけ、「よかったね…」と思わされたのは、どんなマジックだと思います?描き方が巧いなあと思いましたよ。
ヴィジュアルが目の前に浮かんでくるような、本当に印象的なラストでした。


一話目のお話の中で、墓守である森野さんの口を借りて、ペットというものに対する初野さんの意思表明みたいなのを読むと、ねこと一緒に暮らす身としては耳が痛いんですけどね。
でも、これは反転するんだと思う。
安易にペットを飼うことを非難してるように見えるけど、じゃなくて、飼う以上はたとえ自分が死んでも動物たちの命と魂と尊厳を、最後まで責任もちやがれ、という。
最終話を読んで、たぶんそれで間違ってないと思うんですけど。

わたし、ペット、という言葉は好きじゃないんです。
一緒に暮らしているのが猫だからかもしれませんけど。
イエネコが愛玩動物なのは分かってますが、里親募集したり駐車場にコロンと落ちてたりしたウチのねこたちに、果たして「愛玩動物」というニュアンスが当てはまるのかどうか。
無条件に、存在自体を可愛がられるのが「愛玩」であるなら、一度捨てられたり置いてけぼりにされたウチのかつての仔猫たちは「存在自体を無条件に愛された」わけじゃなかったから。
縁があってウチに来て、家族として一緒に暮らしていくなかで、飼う=ペット、という認識は消えました。
ただ、かけがえのない家族の一員。
モラルより倫理より、とにかく「家族」としての責任を自覚しながら暮らしてるわけで。
人間の業の深さを、他の動物達に責任転嫁するのは卑怯です。人間の責任は、人間が負うべきです。
二話目、三話目、四話目を読んでて、ずーっとそんなことを考えてました。

最終話のマクロな展開に、ぼうっとしましたねえ…。こうきたか!と。

命に上等も下等もなくて、ただ「生きること」についてどう取り組むか、というだけの違い。
人間は、その取り組み方が下手というか、臆病でご都合主義で自己中で。
埋葬される動物達のエピソードにぴったりの名前をつけられた丘で、動物達の存在を反射板にしてわたし達は人間というものの剥き出しの姿を見る。
どんなに悪夢でも、絶望しかなくても。
動物達に、ペットに、わたし達は何を望むのか?
ただ癒されればいいのか。
じゃあ、ペット達はだれに癒してもらうのか。
一方的に搾取する(される)ばかりの関係が、「生きている」と言えるのか。
ぐるぐるとマイナスのスパイラルに落ちそうなお話ばかりですが、不思議と絶望や反発は感じませんでした。

動物霊園となった遊園地、花々が咲き乱れる丘は、動物達の天国の光景なんでしょうね。

動物好きの人にも、そうでない人にも、お薦めです。
命の重さと尊厳を改めて考えさせられる、暗くて重い、そして深い一冊。
遊園地も悪くないけど、植物園に行ってみたくなりました。



(2012.8 講談社)
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