こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

スポンサー広告 > 『モーニング Mourning』 小路幸也 著
小路幸也 > 『モーニング Mourning』 小路幸也 著

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:-- スポンサー広告 EDIT
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment (-)

『モーニング Mourning』 小路幸也 著

2008/09/04(木) 08:09:52 小路幸也 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 うふふのふ。めっちゃ良かったーvv
 ミステリじゃないので、トリックのネタバレとかいうものではありませんが、やはりお話を最初から最後まで貫いている「何故?何が?」があります。
 未読のかたはこれより先にはお進みになりませんよう。
 



実は私、この作品はわざと未読のままにして単行本化されるのを待っていました。
連載の最初のあたりを知らなくて、知らないまま連載を追いかけても緊張感が薄れると思って。(あ★でも我慢出来なくてちょいちょい読んでた…てへ。)
だから、ようやく全部通して読める喜びに、飛び上がるというより顔が緩みっぱなしです。

で、まずは一言。

ああ、小路さんの作品を知っていて、私は本当に幸せだあ。
こんなに読みやすいのに、これほどの余韻を残せるなんて、小路さんという書き手さんは凄い人です!
めぐりんシリーズと東京BWのシリーズ以外で、どれが好きかと聞かれても、一つだけピックアップすることは難しいですが。
でも、今日読んだこの『モーニング』は、ダントツで好きかもしれない。

主要な登場人物はみんな45歳で、(年上の人もいるしぐっと年下の人たちもいるけれども)、私よりも年上です。
でも、私にも理解できる、社会の移ろい方や友達との繋がり、何も考えてなくてそれが幸せだったころの記憶が、どばーーっと押し寄せてくるのです。
ついつい自分の思い出に浸りそうになって、ページに意識を留めるのに苦笑いすることもしばしば。

年を重ねるということが、経験を積むという意味で歓迎すべきことではあるけれど、やはり守るものや背負い込むものが増えてきて、だんだんと体が重くなってくる。
大人になるのをいくら嫌がっていても、いつかは分別臭いオジサンオバサンになってしまうし、地に足が付いていない人生は落伍者の烙印を押されてしまうシステムの中で、楽しかった記憶は果たしてどこまで光り続けていられるか。いつまで輝いているか。

そんな中年世代、親を見送り、下手したら病気や何かで友達も見送らなければいけないという年代。
そんな時、支えになるのは、輝かしくてでも考えなしだった頃の思い出。
そういう思い出を、せっかく共有していながら五人が揃って集まる事は二十数年なかった、のなら、淳平さんのこの“嘘”は怒れないよねえ確かに。大笑いするわそりゃ。

でも、やっぱり語り手のダイさんと淳平さんには、もう一つの段階があったか。
予想はできたけど。
こんなに性質の似てる二人が、完全犯罪さえ平気で出来そうな二人が、根っからの善人であるヒトシさんとワリョウさんには聞かせられなかったこと。
ていうか私、最初は淳平さんとダイさんの間の感情の揺れだと思ってしまいました。
でも、途中で、「あ、こりゃ違う。こんなに似てる二人なら、お互いは必要ないわ」と。で、真吾さんとの違和感をダイさんが思い出したあたりから、「ああ、この二人だったか」と納得。
なんていうか、淳平さんは性別とか年齢とか社会的立場とかそんなことに全く頓着しない性格を際立たせた感じやし。
真吾さんはそんな軽やかな淳平さんが好きだったのでしょうし、淳平さんは真吾さんの海のような広さと深さに憧れたのでしょうし。

あ、そうか、ダイさんも真吾さんのことを同じように感じたから、「海に行こう」と言ったのかな。仲間だけで弔うにはうってつけですよね。(…まあ、一番は“モーニング”だからだったんですが(笑))

けれども、淳平さんの本心は、魂の半分は、「自殺したい」というのは嘘じゃないでしょうね。ダイさん始め昔の仲間がこれほど自分の言葉を真剣に捉えてくれなかったとしたら、もしかしたら淳平さんは、本当に自殺していたと思う。

五人の同居が始まってすぐに、淳平さんには、たとえ茜さんが自分を騙していたとしてもそれを責められない、同じくらいの翳りがあって、それに無意識に気付いたダイさんの誘導、は違うか、心配りに淳平さんはどれだけ感謝したことでしょう。
もしかしたら、心の奥底に沈めたはずの感情をも、ダイさんに気付いて欲しかったのかもしれない。

そして茜さんも多分、淳平さんを愛することで人間として生きられるようになったことを、亡くなってもなお皆に感謝してると思う。
自殺か事故死か、ましてや殺人か、なんて、茜さんの魂にはどうでもいいことで、ただただ淳平さんの人生を気遣って幸せを願って、自由になった。けりをつける、解決策、ではなくて自由。

私はこんなに辛い人生を経験したことは無いけれども、茜さんの心情は胸にぐっときます。女性心理とでもいうのかな。めちゃくちゃ辛くていっそ死んでた方がきっと楽だったに違いない人生を、死にたくてしょうがなくてそれでも頑張った茜さんの命の煌きと絶望。淳平さんという存在に見る、過去と逃げ場と希望。ああそうやんな、こういう気持ちになるわなって。

小路さんの作品にはどれも、印象的な食卓の風景が描かれていますが、ここでも皆でお鍋をつついたり、狭いベランダでひしめき合ってお花見をしたり。お酒を飲むのもなんて楽しそうな。
こういうことを大事に思うからこそ、「ただいま」と「おかえり」が嬉しくてそれが自然である家族のような五人には「仲間の為に何か出来ることがあればしてやろう」と素直に思えるんですよね。
ただ学校で会うだけだったり、バイト仲間でしかなかったら、こんな連帯感は生まれないし、この深い絆、という連帯感が現在の日本において欠落してしまった宝石なんですよね。

そしてラストの真新しいダイさんの家庭と淳平さんの家庭、賑やかで穏やかなヒトシさんとワリョウさんの家庭、が一堂に会するという未来のシーン、と、五人だけの世界を惜しむ過去や今回のロングドライブの名残りを惜しむシーン、との比べられない幸せに、泣きそうになりましたよ私。

そうそう、タイトルの『モーニング』のその音が、“喪服”と“朝”をかけていることに、連載中からうすうす気付いてましたよ小路さん。
そしたら、まんまやった(笑)
私も立派なオバサンですねえ。

(2008.03.21)
スポンサーサイト
Comment (-)

ページの最初に戻る

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。