こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

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『羆撃ち』 久保俊治 著 

2012/05/15(火) 17:43:26 エッセイ・ノンフィクション THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 いつもお世話になってる本屋さんの店長さんに、「面白いのがありますよー♪」と教えていただいた一冊。ノンフィクションです。ていうかこの店長さん、小説よりノンフィクの方がお好きだそうで、そういや「この本ありますかー?」と聞いてパソコンで調べてもらってるときも、いまひとつピンとこないらしくて(笑)
 でもこの店長さんに以前オススメされた『空白の五マイル』がめっちゃ面白かったので、今回も信じて購入。
 いやー信じてよかった!




と言っても、北海道で若い頃から山に入って羆やシカを仕留めるハンターさんの、自叙伝です。この一文で説明できてしまいそうですよね。

いやでもねえ、子どもの頃から山に入って、自然の中で感覚を研ぎ澄まされてきたおかげなのか、まるで理系の先生のなかでめっちゃ読ませる文章を書く才能に恵まれた人がいるように、この著者の久保さんもたぶん文章の修練なんてこの本を出そうという段になってからしか積んでいないだろうに、とんでもなく素晴らしいんですよ。特に、山や森の描写が。命の描写が。

まあこの謎は、アメリカに渡る前に英語の勉強をしていたときの、ある一文で解けましたけどねw
良い本をたくさん読むことは、自分の文章力も鍛えられるってことですね。わたしも頑張ろ。

あとがきや裏表紙にあるように、読者もその森の中の光景を色鮮やかに見ているようです。

北海道のかたは、この久保さんご一家のことはご存知なのかな。
わたしはぜんぜん存じ上げなくて(ハンターさんにまったく接点がないし…)、この本が初読なんですけど。
もっと読んでいたかったなあ。

で。

薦めてくれた店長さんが、「女の人には厳しいかも…」と心配されていたんですけど。
ああこういうことね。と納得。
でもわたしは読めた。ていうか、これは感動して涙が出ました。
獲物を仕留めるシーン、仕留めたシカや羆の解体シーンや、何日もお風呂に入らずに体臭と動物の生臭いにおいの混じった生活、大勢のキャラクタでわいわい楽しそうなこともなく厳しい環境の中の描写が延々続きますからねえ。
けれどもね、わたしは、この描写力だからこそ、心に迫るものが波のように押し寄せてきました。
動物愛護の観点から言っても、この狩猟はむしろ仕留めた動物達への畏敬と尊厳に溢れていて、安易にペットショップで買ったり棄てたりする輩よりもよっぽど動物達への愛に満ちている。
なるべく苦しませないように一発(一撃)で仕留めようと心がけること、命の火が消えたその姿をつくづくと眺めて目に焼きつけ毛皮を愛おしそうに撫でて、そして、解体するとき、まだ温かい内臓に手を当ててその生きてきた証しである温みを記憶し、お肉を食べて「うまい」と言って、自分の身の一部にして持ち帰る。

この久保さんご自身が、自然の一部なんですよね。
アフリカとかの、サバンナに生きる動物とまったく一緒。
弱肉強食の世界で、生きるか死ぬかは自分の感覚に頼るだけ。
無駄な狩りはしない。
多くを望まない。
そんなふうにシンプルに、自分が生きるための職業としてハンターの道を選んだことと、サバンナで草食動物を狩るライオンやチーターは、まったく同じじゃないですか。
そう思うとね、この本は、ナショジオのサバンナの映像に匹敵しますよ。

狩り過ぎなければ、同じ大地に生きる者同士が住み分けるには、こうしてハンターさんが羆やシカやキツネを狩るのはいいと思います。
ただし、自分でその命を背負う覚悟、ありがたくすべてを頂戴して命を粗末にしないこと。そして乱獲しないこと。面白半分に、またスポーツとしての狩りとはぜんぜん違うこと。
うん。

ところが、プロローグと著者あとがきにあるように、羆やキツネが、人間との距離を測れなくなっているらしいことが気掛かり…。山の中じぶんのテリトリーでどうにか生き繋いできたこれらの動物が、人間の気配に馴れてしまい最近は楽して食べ物にありつこうとすることは、きっと良くない。
動物の文明化、とでも言えばいいのか…。
あの「百匹目の猿」のように、海水でお芋さんを洗うことで塩味の食事を覚えたニホンザルの群れを、100%野生動物と言えるのか、というのと、似た問題だと思います。
楽して生きようとすることは、人間だけの専売特許じゃない、ということ?生物としての本能・遺伝子に組み込まれているもの?
人間が、自然を破壊した末に動物達に近付きすぎているのか。
動物学なんて知らないんですけど。
いま、わたし達のそばで生きる犬や猫が、どれだけ野良であっても野生動物からは程遠いように。
野生で生きるということは、人間の影響を受けないこと、という括りでいいのか…。
「野生」というカテゴライズが間違ってるのか…。
詳しいことは分からないけれども、とにかく複雑な心境ではありますね…。

あーそれにしても。
後半というか終盤は涙が止まらん!

フチーーーーッッッ!!

これは、犬好きだけじゃなく猫好きでもダメですって…(泣)

見込み以上に賢く優しく勇敢な猟犬に成長したフチ、この彼女の存在はかけがえのないもので、久保さんの相棒それ以上に魂のパートナーだったんですね。
ハンターが一生に一度、巡り合うか合わないかというほど、素晴らしい猟犬。
生まれて間もなかったフチを連れて躾け、一緒に山に入り、そしてお肉を分け合って、一緒に眠る。
久保さんが抱いていたそんな夢を、見事に叶えたフチ。
…思うに、神様が差配したような二度とは無いタイミングであったことは間違いないんですが、一方で久保さんはあまりにも早くにその夢を叶えすぎたのかもしれないなあ…とも思ったり。
人間、自分に嘘をつかず、確かな人生を歩む人は、ずっと思い描く夢を叶えるために頑張れる。
ところが久保さんは、若くして人生最高の猟犬に巡りあったために、この本の終盤で牧場を経営するという「定住生活」にスライドしていく中で、ハンターとしての夢はほとんど叶えてしまったことを、聡いフチは感じ取っていたのかも。

「夢の具現」であったフチという存在は、なくして初めて夢の大きさに気付くことに似ていた気がします。

猟銃を扱うハンターさんなので、苦しみを止めてやる方法、楽にしてあげる方法がすぐそこにあるだけに、あのシーンは嗚咽した…。

少しずつ弱っていくフチを前に、後悔に暮れる久保さんの姿は、いずれは猫たちを見送らなければならないわたしの姿でもあります。
後悔しないでいることはぜったいにないでしょう。
ただ、昨日もツイッターでお話ししてたことなんですけど。

フチは、ユクを迎え入れたり定住生活に入った久保さんを許しているでしょう。
それ以上に、久保さんと一緒に山に入って、猟をすることが大好きだっただけです。
亡くなってもう三十年になるそうですが、フチはこうして、読者の心にも存在を焼き付けるほどに、充実した一生だったと思います。
ああ涙が止まらない~~!キーが見えないっす……。

夢を叶えていくための心の強さ、自分独りで生きてる気になったりしない謙虚さ、自然との対話や万物への畏敬…。

生々しい狩りのシーンだけじゃない、命あるものとして生きる人間が忘れかけてる大切なことが、色鮮やかに書かれた一冊。
興味のあるかたはぜひ☆


(小学館文庫)
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