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『魔道師の月』 乾石智子 著 

2012/05/15(火) 17:42:43 乾石智子 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 ふわーーーーー!これまた素晴らしい!!
 徹夜で一気読みしてしまいましたよ。すげえぇぇぇぇ!
 …ん?なんか似た概要文書いた記憶が…って、もしかしてと思って確認したら。
 前作の『夜の写本師』でもほとんど同じ書き出しになってた(笑)
 しばらく現実感が戻ってこないかも。



でね、その前作の『夜の写本師』の感想を読み返してみたのですよ。

そしたら二度びっくり。

前作の登場人物が今回の主人公の一人なので、時系列はぐっと遡りますが、世界観というか世界そのものは繋がってるんですけどね。

見事に印象が違う。
それでいてちゃんと繋がってる。
前作同様、本当に良くできたファンタジー映画を観終えたような気分。2000円は伊達じゃないわ。

前作と同じに、魔道師や市井の人々の誕生や死がぐるんぐるんまわってるんですけれども。
今回は、「暗樹」というものの沈め方に悩みながらも命を賭ける人たちの、闇と決意と絶望と、それからわずかな希望。

今回の構成は見事だったなあ。
キアルスとレイサンダー、ふたりの魔道師が少しずつ知識と人生を深めながら、〈暗樹〉をどうしたらいいのかについてのパズルを組み合わせていくんですけど、その辿り方というか収斂の仕方が絶妙。ネタばらしになるから、あーんなことやこーんなことは伏せますけど♪
キアルスが体験・体感したこと。
レイサンダーが体験・実感したこと。
少しずつ〈暗樹〉との対決に近付くクライマックスの高揚感とは別に、キアルスもレイサンダーも悩みながらしっかりとそこに生きてる。

特にレイサンダーの方は、「心に一片の闇を持たない者」という設定がラストでこんな形になるとは!という爽快感にまで高められてます。
そうかー、逃げてばかりで踏みとどまれないことは、心に影を持たないのかー。そして闇を内包していない心は軽く広く深いのかー。うーん。
レイサンダーとソールの対話のシーン、大好き!いや、ソールさんがツボだった、と言う方がいいかな(笑)…枯れ専じゃないですよワタクシ。

一方のキアルスは。
理屈っぽいくせに挑発に乗りやすくて挑発しやすくてある部分では自業自得ながら、それでも諦めない強さと柔軟な思考が。
キアルスが一人で〈暗樹〉と向き合った体験は、彼ならしっかり記憶できるから、ですよね。レイサンダーは逃げちゃったもん(苦笑)
言葉を記憶していないといけなかったテイバドールとキアルスは、たぶんふるさとが同じ魂なんだと思う。

で、この「一度、〈暗樹〉と間近で対峙した」ことは共通してるのに違う反応をした二人が、クライマックスの直接対決で結果どうなったか。
これが読みどころのひとつと言ってもいいのかな。

魔道師と言ってもぜんぜん本質が違う者。
レイサンダーとキアルスは、魔道師・伴侶とは違う意味でソウルメイトだったのでしょう。
ふたりとも、育ちはいいから性格ねじくれてないのよね。キアルスの性格はひねくれてるんじゃなくて反骨精神であり学ぶ姿勢からくる慎重さだと思う。品のいい、イケメン魔道師コンビwww

いやそれにしても。
名前を与えられたすべてのキャラクタがまぁ生き生きと!
この世界を精一杯生き切ってる。
キアルスとレイサンダーを支え励ます人たち、ふたつの時代、星読みと魔道師を支え護り愛する女性達、そしてアーチェやエブルやムラカン、世界を崩壊から救ったり破滅に導いたりする悲劇の人生…。
欲深い人や、嫉妬や残虐性に満ちたキャラクタまでが、大切な存在なのかもしれないなあ、と思わされました。

おそらくそれは、〈暗樹〉という、太刀打ちできないもの、はかり知れないものへの本能的な恐怖の前に、人間の卑しい心なんて吹けば飛ぶようなものに思えるから、でしょうか。

動機のない悪意、ただ悲鳴や絶望や死を純粋に喜ぶすさまじい闇。
宇宙が誕生し星が生まれたときから存在する、純粋な悪意。
人のすべてが持つ、逃れられない運命の闇、なんだそうですが、ということは世界の全人口の心の闇を集めたら、この滅ぼすことのできないモノになるのか。
わたし達人間は心に光と闇の両方がなければ生きられないって言いますけど、哲学的なことじゃなくて生命の一片にミトコンドリアDNAの核のように当たり前にあって、この闇の存在が無ければ生物学的に生きられない、という意味なのかな?

一度、わたし達の心に生まれた、芽生えて育った憎悪や悪意が、やがて赦しや哀れみに変わる人生を辿る人、憎しみに囚われたままでそこにつけこまれて国を傾けるまでに破滅に導く人…。
この一冊の中に様々な人生がありました。
読んでいてつらい、というのではなくて、人の一生の儚さとともに確実に刻まれる足あとを、魔法じゃなくてただ生まれて生きているだけで感じることができるわたし達の心というもの。
これは、神様の思いも寄らないことだったのか、それとも予定調和なのか。

宇宙を、天地を創造した神様が、ヒマ持て余して手慰みにポコポコと作ったこの箱庭の世界の中で、わたし達はこうして、神様のように、神様以上にたいへんでどきどきわくわくする一瞬の命を生き抜く幸せな存在で。
神様のようにこんなどきどきわくわくする世界を生み出し構築できる人間って、すごいですよねえ、本当。


余談ですが、(前作でもあったことなんですが)序盤で「キアルス」を「キルヒアイス」に空目したことをここに白状します…銀英伝の影響はでっかい…。


(2012.5 東京創元社)
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