こんな本読みました。

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村山早紀 > 『白猫白猫、空駆けておいで』 村山早紀 著 

『白猫白猫、空駆けておいで』 村山早紀 著 

2012/05/11(金) 01:59:03 村山早紀 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 
 猫飼いさん、バスタオルの用意はいいですかー?
 のっけから涙がじわりきたわたしはもう、なかばで凄まじい涙腺の決壊をみました…。たはー。



12ページほどの短編なんですけどね。

あー、ねこはいいなあもう!
こういう、不思議な力があっても不思議じゃないというか、ファンタジーという夢を見させてくれるというか。

ねこ好きにはもうお約束ですよ涙拭く木綿のハンカチーフじゃなくて(古い!)バスタオルの準備!

悲しくて泣いて、あたたかくて泣いて、優しくてまた泣いた。

泣きつかれておでこがじんじんしております…何故おでこなのかは訊かないで分からんから。

小説のテクニックで言えば、真っ白なねこは真っ白のスケッチブックと連動しやすいし、「飛ぶ教室」=飛行機で雲上だから真っ白な雲とも繋がるので、夢が重なっている構成とマッチしていて、絵の中の絵の中の絵を白いねこが貫く、みたいな感じといえばいいのかな。あ、メタって意味じゃないですからね、絵画的なイメージで。

児童文学雑誌なので、子ども達が読んだら、そんなことメンドクサイことは関係なく、ただ物語のイメージを「真っ白」と言うでしょう。

一方、大人はそこに、色を探すんですよね。
高潔でまっすぐで何者にも染まらない「白」以外の、自分の心にうつる色を。

リュックサックだったり、野良猫の煤けた姿だったり、賞をとったときの金色だったり…。

大人として生きてきた、人生の投影ですね。

「白」は、リセット。

自分のルーツを、根っこの部分をもう一度確認する色。

このお話は、そんなふうに、人生経験と、譲れない芯の部分を、三代の「しろ」という猫が繋いでくれています。

さくらちゃんに、さくらさんに、三代のしろちゃんがそれぞれ、「泣かないで」と励ましますが、「泣いてもいいよ」って言ってるようにも聞こえました。澄んだ青い眼で。

自分がいなくなったらさくらちゃんは泣くだろうなあ、って分かってるから、励ましたい言葉があるから、空を駆けてくる。

ねこは何だってできるのかも。

この三代のしろちゃんが、大好きなさくらちゃんとずっと一緒にいるよ、という約束のために生まれ変わって時を越えたような気がしてなりませんよわたし。

犬と違って、ねこは、好きになる人間を選びますよね。お世話してくれる人はみんな好き!じゃなくて、フィーリングというのか本能的にビビビッとくるというのか、とにかく猫が好きなのに懐いてもらえない人(わたしだ)がいると思えば、マメに世話なんかしてないしどっちかというと猫より犬の方が好きなのにやたら猫に懐かれる人(たとえばウチの相方)もいて、どうやったらお猫様に選んでもらえるかなんて人間にはわかりません(涙)
さくらちゃんは。
友達がいなくて淋しげだからというよりも、ポジティブな、「さくらちゃん」という魂の静けさとひろがりとひたむきさに、しろちゃんがうまく寄り添えたんだろうな、と思いました。いいなあ。

で、猫のしろの魂が空を駆けて、さくらちゃんに大事なメッセージを届けて満足したように。

人間だって誰かに大事なメッセージを伝えたいときは、できる限りの努力をしてそのうち常識なんて打ち砕いて不思議なことも受け入れるくらいの自由な心で頑張りましょう、って。
そんな村山先生の「大事にメッセージ」が、しろちゃんという猫の形をしてわたしの心に届けられたような。

つよくなって、手抜きをしないで、ひたむきにいきましょう。
涙は、頑張った自分への、猫からのご褒美なのかもしれませんね。


(2012.4 『飛ぶ教室』29号所収)
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