こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

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『仙台ぐらし』 伊坂幸太郎 著

2012/03/06(火) 19:41:19 伊坂幸太郎 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 この本は、アマゾンに書影がありません。ネット書店ではbk1のみの取り扱いだそうです。
 リアル書店でも、書店側が版元さんに発注する仕組みのようで、入荷しているかどうかあらかじめ書店さんに確認した方が確実です。関西だと、紀伊國屋書店梅田本店にはあるというツイッター情報。
 



心に残るフレーズがたくさんでてくる震災後のこと、それはそれとして。あとがきにあるように、震災にクローズアップしないで伊坂さんの作品のなかの一冊として普遍的に愉しみたいし、やっぱり猫の話は愉快すぎる。心配性と被害妄想の件は私のことかと。短編もよかった!

あ、「震災のことはそれはそれとして」と書くと誤解されるかも。忘れてるわけじゃないし少しずつ復興を遂げてほしいと願う気持ちはもちろんあって、でもその気持ちで読むと震災前のエッセイにある小さな日常が吹っ飛んでしまう。「「震災の本」というくくりは嫌」とあるので自分の中から震災前に時間を巻き戻すようなイメージでこの本を思い返すと、ただ平和で心配性で図々しいねこたちが闊歩するエッセイが愉快な一冊だったなあ、という。被災地のかたがたが読むのと、何事もなかった私が読むのとでは重さが違うだろうけれど、その前提があるからこそ、この短編がいきてくるのではないかと思った。

ここまで。ツイッターに書きました。
がんばって140字にして3ツイート。もうこれでいいのかもしれませんが…。

ブログ用に書き足し。

短編の中の、ガリヴァーの寓話に目から鱗でびっくりした。
主人公ふたりの心の中はともかく、あのガリヴァーを、「この大震災で露呈した、諸々の象徴」に喩えてみると、なんとしっくり嵌まることかと。ガリヴァーは公共事業であり原発であり、国そのものであり、世論にたとえることもできる…。

あと、避難すること、しないことを、シールに喩えたのが素晴らしかった!気持ちがわかりやすい!

リョウタと原田くんの問答のシーンは笑ったわーw

そして、この短編『ブックモビール』で一番心に残ったのが。

お財布の話でも水野さんのことよりも、(それぞれにみっちり詰まったエピソードで忘れはしないんですけど)

183ページの終わりから五行目。「僕たちは、この数ヶ月で、原子力発電所の専門家となっている。原子炉の簡単な構造や名称なら、誰もが知っている」という文章。
これは、伊坂さん流の、放射能ヒステリーや被災地差別への強烈な皮肉ではないだろうか。
被災地の、特に福島のかたがたは、事故直後からそれこそ命がけで原発のことを必死で勉強なさったはず。その上で、今もそこに、シールをぴりぴりと綺麗に剥がせないと思うから留まるかたも居て、そのことについて、被災地以外の人間にとやかく言われる筋合いはないし、シールを綺麗に丁寧に剥がせるやり方(一度剥がしたシールを、まったく同じ強度(粘度)と美しさで貼り直せる方法)があるなら言ってみろ、と。
自分達よりはるかに安全で瓦礫のない綺麗な場所に住んで、自分達の何を知ってる。被災者を情弱よばわりするとは片腹痛い。
…そんな風に、読めなくもないなあ、と。

もちろん、伊坂さんは「楽しい小説」を書きたいだけだったでしょうから、そんな意図はなかったとしても。
こういう受け止め方をするわたしはたぶん、東北のかたがたに対して、うしろめたいのでしょう。

小説家のかたがたは、どんなジャンルであれ、あの大震災と原発事故後、大なり小なり悩まれたと聞きます。
伊坂さんも例外ではなく、むしろ仙台在住ということで、書くどころか散乱した本の片付けもできないほどだったとのこと。
そして、やっぱり精神的に不安定になって、しみじみとしたり感動したりと感情が大きく振れるだけで泣いてしまったと。
そんな状態から、この本を手直しして版元さんに渡すまでに、どれほどの葛藤とたたかわれたのだろうと思います。

ミステリの話で恐縮ですが、阪神淡路大震災の混乱時を舞台に書かれた『未明の悪夢』についての話を思い出します。
綾辻先生が、あれを読んで、「自然災害に、人工の謎が勝った」というようなことを仰ったと。
人それぞれにどう乗り越えるかということですが、フィクションを書く、それも楽しい物語を書く、というのは、ミステリよりもハードルが高いんでしょうね。

でも、手直しされたというエッセイは、やっぱり伊坂さんらしくすっきりしたユーモアや、飄々としたものの見方と心配性が過ぎて被害妄想の域に入りかけてるアンバランスさが絶妙で。

いつも思うんですが、伊坂さんて、難しい文章じゃないし、美文というのともちょっと違うんですが、とにかく文章のセンスがいいなあ。スタイリッシュというか。やたら短くも長くもない、均された感じで。
それでいて、句読点の入れ方や、言葉の選び方が、吟味されつくしてる。どこにかかる言葉なのか、どの言葉をもってくればよりスムーズな文章になるか。
そういうのをたぶん、無意識で知ってらっしゃる作家さんだと思う。あざとさをまったく感じないです。読み手が、読みたいように読めるというか誘導されない(フィクションとしてのミスリードは別ですよもちろん)。

優しいだけじゃなく、残酷でひんやりと冷たい部分もあるのに、ラストは希望への道を指し示す光が差し込む。
伊坂さんの物語はいつも、そんな風に思います。
悩まれただけ、楽しい話をいっぱい、書いてください。

それにしても、図々しい猫の話は愉快すぎる……ぷぷぷwww


(2012.2  荒蝦夷)
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