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『望月のあと 覚書源氏物語「若菜」』 森谷明子 著

2012/01/11(水) 16:11:43 森谷明子 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 『千年の黙』『白の祝宴』に続くシリーズ第三弾です。
 何度も書いてますが、繰り返しますとわたくし、『枕草子』派です。源氏物語は古典の時間でもヤル気出なかったしあさきゆめみしも全部読んでないし今この齢になって改めて読みたいとも思わないし。「春はあけぼの・夏は夜・秋は夕暮れ・冬は朝」のあの書き出しから心を持っていかれたんですよ枕草子に。
 それでもこのシリーズを追いかけてるのは……。





千年前の源氏物語にはまったく興味ないくせに、このシリーズが大好きなのは。

森谷さんの言う、「源氏物語メイキング」の世界だからでしょうねきっと。

もちろん本格ミステリとしても素晴らしいのでそっちでの楽しみもありますが。

森谷さんの描く紫式部が、かなり冷静で分析力と空想(妄想)力のバランスがとれてて、ドロドロした女の内面を見せ付けられることがないからかも。香子(紫式部)に仕える阿手木も健気で忠実な一方でちゃんと自分でものを考える自立心もあるし。

で、この新作ですが。
今までの二作がかなりかっちりした本格ミステリだったのに対し、今回は全編が「平安時代絵巻」に貫かれていて、ミステリ度は高くなかったです。
それでもがっかりはしなかった。
ちゃんと読ませてくれたし、なにしろ権力者嫌いな人間にとっては痛快な展開でした。

まずこれだけ先に叫ばせて。

彰子様怖えぇぇぇぇぇ!(涙目)

時の最高権力者、藤原道長も相当アレで、この人はこの新作でかなりイタイおじさんになってます。老いらくの恋が恋じゃなくて実はオカンには叶わなかった征服欲をその娘に代替させようってなによ(怒)
だいたい、赤ちゃんに母乳を与える時期の新米ママさんになんという鬼畜な所業!いっぺん死んで来い(激怒)(こういうシーンを書いた森谷さんもある意味怖い…w)
自分の力で紙も墨も好きなだけ使えて暢気に物語の世界を楽しんでいられるんだから自分は何を要求してもいいんだーなんて疑いもせずにいるこのおっさんにも腹が煮えくり返るんですけど。
それよりも、このおっさんの娘で国母として女性の頂点に立った彰子様の方が、人間として数段おっかない。表面上はおっとり見せてるだけに余計怖い。

もしかしてさ、後世に残る、『枕草子』vs『源氏物語』というか、清少納言vs紫式部のライバル関係って話(実際はこのお二人、宮仕えの時期にタイムラグがあって、清少納言が御所を退出してから紫式部が出仕を始めたのでイジメられるも何も無かったらしいですが)、アレは、一条帝に寵愛された定子様を勝手にライバル視した彰子様がでっちあげたんじゃないのかなー。
なにせ父親が父親ですからねえ彰子様、自分のジャマをする人間はことごとく蹴落としたはずで(父親のやりかたを真似て分かりやすく蹴落とすんじゃなく搦め手でいったような)、自分の名前は出さずに式部を前面に押し出すことで、えげつなさをカムフラージュしたんじゃないかと、森谷さんのこのシリーズを読んでるといつも思うのでした。

この『望月のあと』は本格ミステリというより平安時代絵巻だとさっき書きましたが。
そのタイトルどおり、望月=道長の絶好調時代 から、わずかに月が欠け始めた十六夜、その時代の趨勢の描写としてこれほどリアリティのあるお話を、『源氏物語』世界に映し込めた、というのはすごい。

京の都の闇と不安、帝や上流貴族への庶民の反感、武者(武士)が頭角をあらわすころ……。
雅で華やかな京の、影が長く暗くさしてきます。
いくら帝と藤氏一族が朝堂をほしいままにしていて庶民の命も暮らしも省みられない社会だと言っても、その庶民にだって心はあるし命も家族も大切。なにひとつ苦労しないでほけほけしてるお貴族様に対して、物思うところがないわけがない。
その光と影の落差が、読んでいて苦しいほどでした。

道長の野望と天皇位の軽さや貴族の処世術。どこまでも雅で暢気な殿上の世界。
餓えと病と貧困と権力者からの圧力にその日一日をやっとの思いで生きる庶民たちの世界。

そのふたつの世界を繋ぐのが、糸丸で、彼の修子姫宮への忠義心と無自覚の恋心とボロボロだった頃の記憶と自分の力で何かを成し遂げ生き抜く喜び、その揺れ方がいい。
糸丸の視線で見る、朝堂の斜陽と庶民のパワー。
これから平安末期になって、貴族はどんどん没落していく一方、関東武士が力を付けていく、そのとっかかりを見ます。日本は京の都のみにあらず、地方には地方の社会がある。

源氏物語、の奇妙な不連続性、ここに着目した森谷さんが編み上げた、紫式部から見た王朝時代。
浅はかなわたしは気付かなかったけど、源氏物語が千年以上も読み継がれてきたのは、雅な世界に憧れる人々はもちろん、権力者の目をかいくぐってひそやかに生き延びた「権力者へのアンチテーゼ」というテーマに、その時代時代の権力者に虐げられた人々が惹かれたからなのかな。
紫式部がその憤りを、枕草子のような分かりやすいエッセイではなく、虚構の世界である物語として書き綴った意味を。

香子さん、道長さんが大っ嫌いだったんでしょうね(笑)そして実は、彰子様にも心を許してなかった。
清少納言が定子様とその忘れ形見にどこまでも忠義の人であったのとは対照的(枕草子では客観的に御所のことを描いてるけど、たぶん彼女は紫式部以上にその世界と煌びやかな人々を愛していたと思う)。

でも、読者にそんな風に思わせるのが物語の本質でしょう。生き生きと描かれるこのシリーズは平安時代の人間ドラマで、『源氏物語』を軸にはしてあるけど実はストーリーを動かすひとつの道具でしかなくて。
印刷技術の無かった時代、「写本」というタイムラグを有効に使って、道長を手玉にとる香子さんや和泉の君の機転。
光源氏は道長をモデルにしている、という当時から続く暗黙の了解が、どのように人々を動かしたのか、時を経て現代のわたし達に「瑠璃姫」の謎にひとつの解を導き出していてすごい。

人間のかなしみとよろこびを、煌びやかな貴族の世界と煤汚れた庶民の世界で二層に書き分けて、それを少しずつ近づけていって、やがて交わったとき、殿上の世界を知りつつも権力争いの外にいる人々がどうしただろうか。

最後になったけど、笑ったのはやっぱり、「源氏物語ウィキペディア」でしょうかwww
いやー現在でいうヲタクな女子が平安時代にもいたかもしれん、と思ったら、によによしたわ♪

あとがきによると、このシリーズはもう少し続くそうです。
日本史で知ってるから道長のおっさんをピークにその後の藤氏のことはともかく、香子さんや阿手木が、観音様と夜叉の二面性を持つ彰子様が、その後どんな風に生きたのか、楽しみに待ってます。



(2011.12 東京創元社)
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