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『竜宮ホテル 迷い猫』 村山早紀 著

2011/11/14(月) 02:44:47 村山早紀 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT

 ホテルっていいなあ!
 いきなり何を。いやでも、ホテル、それもクラシックホテルって、かなり非日常度高いですよね。
 今までの村山先生の作品の感想文の中で、たぶん一番の長文駄文です。先に謝っておきます。ごめんなさい。




プロローグの優しい娘さんと妖精さんのシーンが、本編の中で、響呼さんのお父さんとひなぎくちゃんのエピソードに裏返しになってて唸ったり。

プロローグの妖精のおじいさんのセリフが、本編の邂逅シーンと意味はほぼ一緒なのに、本編の方は句読点を使うことで一気に時間に切り貼りされるように感じるなんて、句読点ってせかせかした散文的な存在なんやなーとか。

竜宮ホテルの調度品といい寅彦くんの品のよさといい、「本物」に接することって、教養であるし、また心の滋養になるんですね。ブランド品にまみれるのが下品だと言う人もいるけど正しい空間にあるのであれば高価な本物でないと釣り合わないし、本物を知らなければまがい物との区別なんてつかないし。

響呼さんとお父さんの過去、それからラストのあれはもう、涙が止まらんかったですよ…!

寅彦くんも響呼さんも、心のどこかが諦めててそれを自覚してて、その孤独さがねじくれない代わりに人との距離を測る方向にいっちゃったのが切ないなあと、序盤は痛々しかった…。
欠けた部分を補い合えるふたりだと思うので、響呼さんと寅彦くんをカップルにしてーwwwなんていうキャラ読みを許してる気がしましたね。刊行されたレーベルから考えるとそれもアリなのかな…村山先生にはラノベ要素はなくていいオーダーだったそうですが。あれ。違ったかな。

記憶。響呼さんの、寅彦くんの、寅彦くんのお父さんの、ひなぎくちゃんの、佐伯さんの、響くんやゆり子さんの。そして、竜宮ホテルの。
思い出が誰かとリンクしたら、それって魔法みたい!って思うよね。ランドマーク的なホテルはそういうリンクがしやすい場所で記憶も濃縮されてるから、誰か知らない人の残した思いに触れると幽霊見たり不思議なことが起こったり。

そもそも『竜宮ホテル』って、あの竜宮城のような存在で、響呼さんの左眼に視える空を飛ぶ魚の鱗の煌めきなんてまさにそういうことよね。ただ、乙姫様が何人もいて(寅彦くんと寅彦くんのお父さんと響くん)、そして浦島太郎が響呼さんという逆転。
で、「迷い猫」ってひなぎくちゃんぽいけど、実際に迷ってたのは響呼さんで、ひなぎくちゃんは、過去と現在と未来を「響呼さん」という存在で一本の線に繋ぐ糸だったんですね。

分かり合えない家族と離れることは悪いことじゃない、ただ、ぶつかるならとことんぶつかったほうが、後腐れもないし不慮の運命が来ても後悔の涙は少なくて済む。
大切なひとの、寿命や運命なんて知りたくないなあとつくづく思う。知らないから、生きていける。義弟で実感したから、わたしも。

人は誰でも、生きてる限り、まわりの誰かに影響を受けてるし与えてる。
それを、人それぞれの人生の選択と見るか、自分のせいで周りが不幸になるととるか(これは他人の人生への干渉とも言われますね)。
人にはそれぞれ自分自身が主役の人生があって、それは不可侵。その線引きが曖昧な人ほど、人生はしんどい。
でも、個人個人の人生の責任だからってたとえ小さくても自分の存在を軽視するのも間違ってるのね。
その、ほどよい人間関係を、「思いやり」とか「助け合い」っていうのだと思った。「無償の愛」とはまた違う、「心のどこかで見返りを求めてるようなさもしい自分もひっくるめて付き合う」関係。要は、気のおけない親友や志を同じくする同士のような。

魔法と科学がひとつになるとき、確かにそれは、人類の終焉だとわたしも思う。このふたつは決して交じり合わないからこそ、いまの人類が在る。探究心とか好奇心とか真実への希求とか。
科学は言葉が必要で、魔法は心が必要で。
ただ、科学にも魔法にも、お金や保身は本来は付随しない。実は、安寧や安定も邪魔なものかもしれない。
人間は、いつも間違える。
そして、過去の間違いは、現在を透過して未来まで揺らぐ。未来のためにできることは、現在においてすこしでもその間違いを軌道修正させるしかなくて、響くんの存在は「時間の可視化」という意味で強い戒めのような感じにもとれました。

ところで、ひなぎくちゃんとちっこい狐ちゃんたちのフィギュアを誰か作ってくれませんか。可愛いのう可愛いのうwww

それと、この物語のなかに、「苦手」という言葉が出てきませんでしたね、「得意じゃない」って表現になってる。
ほぼ同じ意味でも、受ける印象って違う。
「苦手」って「苦手ならしょうがないねえ」みたいな最初から諦めたイメージがあるけど、「得意じゃない」って言われたらつい「あ、それ、わたしは得意よん♪」とか言ってカバーしてあげられそうじゃないですか。
さっきも書いたけどこれも「助け合い」のひとつ。
助け合うって、言葉の選び方ひとつで変わるものかもしれないなあ、と読んでてずーっと思ってました。

全体的に、3月の東北を襲った大震災の影響をつよく感じた作品でした。
繊細な村山先生が、時間とともに涙を拭いて東北にエールとプレゼントを贈られたかのような。
頑張れなんていわない、ただ、希望を捨てないでって。
そして、原発事故で日本中がバラバラになってしまったかのような現在、やみくもに結束を呼びかけるんじゃなくて、シンプルに自分にできることを見つめなおしてっていうメッセージも。
竜宮城で楽しく暮らしていた浦島太郎がやがて地上を恋しがったように、響呼さんのお父さんが人間の世界に戻っていったように、響くんが未来を救うヒントをつかんだように。
誰にも、自分が生きるための世界と本来の道がある。そこから目を背けて生きて、後悔しない?

状況に流されてラクに生きる道もある、全てを諦める人生も否定はしない、一方で自分の人生を諦めなかった人や苦しいと分かってても本来の生きる道に戻った人にだけ与えられる喜びがあるんだよって。
全てに絶望して諦める前に、一度旅にでも出て自分のなかを整理して、なんならクラシックホテルに長期滞在してホテルに自分の荷物(記憶)を預けていっとき身体を楽にしてあげてもいいよって(ただし先立つものが要りますがね…くすん)。

このクラシックホテルの物語はシリーズ化が決まっているそうです。楽しみ楽しみ♪♪


(2011.10 三笠書房f-Clan文庫)
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