こんな本読みました。

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『桜吹雪の雷刃 やわら侍・竜巻誠十郎』 翔田 寛 著

2011/09/02(金) 09:26:48 翔田 寛 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 あああとうとう終わってしまいましたー…。
 第一部が。  え?
 はい、裏表紙にそう書いてありました。てことは、第二部に続くってことですな♪ああ嬉しやww
 ただ、やっぱり男の世界は厳しいのう……生きるか死ぬかの時代の男社会って、大奥とは違うえげつなさだと思う。なんでもありで生き延びるのが一番の目的。でも、名乗らなかったり背後からの不意打ちなどを卑怯だとする通念は、武士道ですよね。日本人って昔はそうして自分の命にも名前にもちゃんと責任を負ってたんやなあ、と最近の放射能騒動(一部ヒステリー)を見ていて思うのでした。





江戸時代は(建前上)仇討ちは禁止でしたが、何か不始末をしでかしたときには切腹のご沙汰が出るのは当たり前だった。
でもそれは自分の命を軽んじたわけじゃない、むしろお家の為、家中の全ての人間や国許の住民の為、大きすぎるほどの責任を自分の身ひとつで背負っているということ。大変な価値があるんです、命って。
ただ、武家社会において、そうして切腹のご沙汰があるとか仇討ちが美談になるとか親の出世のために子の人生が犠牲になるとか、そういうのは現在のわたし達なら理不尽なことが、この時代ではたぶん疑ってもいない常識だったはずで、何故自分の人生が犠牲になるんだとかいうふうに考える人は、武士階級ほど少なかったんじゃないかと思う。

このシリーズの主人公、竜巻誠十郎さんもそういうお人で、自分に正直に誠実に生きている一方で、お役目を完遂するためには自分の死も十分にありうることと覚悟して、笑っています。
今の二十歳そこそこの若者に、そんな人生は考えにくいでしょうが、少なくともそんな強烈なストレス下で毎日を誠実に笑って生きるのは難しいんじゃないかなあ。

前作では、自分が養家を出るきっかけになった友人の闇討ちに始まる謎が、どうやら大掛かりな秘密結社にあるらしい、というアウトラインが見えてきたところで終わりました。
その結社の存在が、この第一部最終巻の中心です。
結社、というとなんとなくフリーメーソンのようなイメージがありますが、今回のこの結社というのはもっとなまくらで俗物で狡猾な集団のようです。
ただひとつだけ、共通してるのは、案外こういう集団はしぶとい、ということ。
一応、結社の中心的人物との決着はついたし(ネタばらしになりますが、まあ時代ものにはお約束ですので)、自分が友から闇討ちをされたわけ、義父の切腹の意味を知って、誠十郎さんにとっての結社の秘密はとりあえずカタがついたと思うんですが、……ただねえ、この結社がこれで空中分解するとは思えないんですよねえ…。
第二部に入っても、熾火のようにくすぶってて、またどこかでかかわりのある人物が出てくるような気がする。

そして、誠十郎さんと宿敵との決着も。
誠十郎さん自身が、そうしてケガが癒えるまで身を隠してたことがあるんやから、いくらトドメをさしたかのように描写してあっても不死鳥のごとく復活しそうな気がするのはわたしだけ?
もともと、誠十郎さんとは直接の敵対関係だったわけじゃなくて、尾張藩と自分の野望をことごとく打ち砕く誠十郎さんの存在がだんだんと大きくなってきてとうとう、歯軋りするほどにっくき宿敵、というのはむしろ、直接対決で自分の命を脅かされてからの方が憎しみは強くなるんじゃないかな。

でも今回、誠十郎さんも、初めて心の底から激怒したと。結社の要の人物と対決したときにね。
この怒りを身をもって知ること、それが誠十郎さんの人生のミッションだったんじゃないのかな。
誠実で穏やかな人柄の彼が、義憤じゃなく初めて自分を中心に考えて激怒した。この感情が、自身の生への執着と、敵への理解に繋がると思うから。

尾張藩のトンデモ野望のせいで、死ななくてもいい善良な人々が次々に命を落として、そのせいで人生がぐるんと変わってしまったレギュラーキャラの皆さん。
誠十郎さんはもとより、千恵さん、梶田夫妻、勘次さんとお兄さんとおたかさんもそう、まあ誠十郎さんの義父と義兄も千恵さんのお兄さんもそういうことになるかな。
でもね、やっぱり誠十郎さんの人柄、生真面目さや誠実な生き方は、関わりあった多くの人の心に響くんでしょうね。
いいひとのまわりには、いいひとが集まる典型です。
時代モノの勧善懲悪というにはちょっとほろ苦いですが、誠十郎さんの味方をしていれば安心して読めるシリーズ(笑)

誘拐事件の真相というか様相は、結社と絡めたせいか割と凝ってました。
ていうか、この場合、「誘拐事件の犯人はだれ?」じゃなくて(そんなの最初から尾張藩が操ってるに違いないから!)、「何故、誘拐されたのか?」の隠された意図が四割、あとは「誘拐犯と目される三人組が、なぜこうも手際よく」…おっと危ないネタばれってしまうとこでしたー。ぴゅ~(なにそれ)

加納様はともかく小松様ってわりと好感がもてそうな話のわかるガンコジジイのイメージなんですが(おい)、肝心の吉宗くんが暢気というかワンマンというか(当たり前です上様ですから)調整するスタッフもとい家臣達の眉間のシワが縦に深くなっていくというのに笑った。
で、おそらく、吉宗くんは、実際に誠十郎さんと対面したら、ソリが合わないんじゃないかと思ったりするんですよ。
地位が違いすぎるから、清廉で市井の人々の目線で考える誠十郎さんと、国のトップとして大局を第一に考える吉宗くんじゃ、いくら高潔な二人でも相容れないでしょう。理解はできても納得できないというか。
むしろ、誠十郎さんの存在に救われていたのは加納様じゃないのかな。ああでもこれは吉宗くんも同じかもですが。配下に誠十郎さんが居ることが、自分の良心の寄る辺になって、現実は非情にふるまえる。

シリーズを通して、わたしは、誠十郎さんが1人で、または気のおけない誰かと一緒に、山盛りのご飯とシジミ汁と香の物と焼き魚を本当に美味しく有難く食べているシーンが大好きです。長屋でひとり質素に、差し入れてもらった煮物を有難くいただく静謐なシーンも大好きです。翔田さんの書かれる食事のシーンは、一汁三菜どころか一汁一菜が普通で焼き魚はご馳走。一日を必死に働いたご褒美に、どんな質素な食事でも、美味しく有難くいただきます、という気持ちに溢れていて、いいなあと思うんです。

勘次さんや千恵さんが、誠十郎さんはきっと生きて帰ってくると信じて待っててくれてます。
読者もですw
早く帰ってきてねー、誠十郎さん!

(2011年 小学館文庫)
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