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『エラリー・クイーン論』 飯城勇三 著

2011/09/02(金) 09:24:42 ミステリ評論・研究 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 エラリアンだと自認してるわたしとしては早く買わないと買わないとと思いつつ、とうとう本格ミステリ大賞の評論・研究部門で大賞とっちゃって(おめでとうございます)、あーもうこの際図書館で借りよう!それなら期限があるから読むだろう!ということで、まずは買わずに借りましたごめんなさい。
 長かった……400ページ近く、ずっとクイーンクイーンでさすがに途中で飽きました(クイーン論なので当然なんですが)…。 小説じゃなく評論本を、こんな辺境のブログで紹介してもホイホイと読むかたはあまりいないと思うので短く簡単に思ったことだけ。いや感想文てそういうものなんですよねいつもが長文駄文すぎるんです分かってますってば。





この本の核になってるのは、『ギリシア棺の謎』、〈意外な真相〉と〈意外な推理〉、まあ極端にいえばこのキーワード(だけ)です。

あ、クイーンの国名シリーズ全部と、『最後の一撃』便概『間違いの悲劇』にいたるまでの長編や、ライツヴィルものなら『九尾の猫』『十日間』『フォックス家』あたり、『帝王死す』とか『悪魔の報復』『悪の起源』とか、それから短編も。レーン四部作も。あとクリスティやカーの超メジャーなもの、ポーの『モルグ街』『マリー・ロジェ』まで、とにかくネタばらししまくってます。
少なくともこの三大巨匠の主だった作品(またはわたしのようにクリスティ作品嫌いだからいいよ別にという変わったミステリ読みはともかく)、それとドイルの『まだらの紐』とかヴァン・ダインの各作品、チェスタトンのブラウン神父ものやオースチン・フリーマンの『赤い拇指紋』は既読の方がいいです。

叙述とか読者への挑戦状とか後期クイーン問題とか手掛かりの真偽の問題とかが、螺旋状に積み重なって一冊になった感じですが、言わんとすることはいちいちよく分かります。
ただ、EQファンクラブ会長でEQ研究家にふさわしい著者のクイーン礼賛と、ケチつけられたことへの反論と(爆)ってそれはまあ冗談にしても、とにかくクイーンクイーンでもうお腹いっぱいです。げふ。

わたしも一応、黄金期の本格ではEQが一番好きだし、わたしの本格ミステリの定義はクイーンの国名シリーズによるし、数作の例外はあるけど半分以上でエラリーが絡む恋愛模様なんか出てこないからミステリの純度が落ちなくてすっきり読めるし。
なので、クリスティやカーの作品とクイーンの作品の違い、真相と推理に対比はたいへん面白くて結構でした。

ちょうどそのあたりを読んでたとき、並行してカーの某長編を読んでたんですよね。なので、「データベース」はもうその通りでごめんなさいと言いそうになったほど☆いや間違ってはいないんですけど。
クリスティやカーの作品を読むときと、クイーンの作品を読むときは、確かに脳みそ使ってる部分が違う気がします。はい。

ただ、後半、後期クイーン問題にさしかかると、法月先生や笠井先生の論に対しての展開ということもあって、それまでのページで書かれてきたことが何度もなんども重複して出てくるのでね…隙のないようになるべく反論の余地のないように書き切りたいという意図が感じられたかな。

で、さっきの〈意外な真相〉と〈意外な推理〉の違い、フェアプレイとか叙述トリックとかについて。
わたしはどうしても、あの犯人当て推理ドラマ【安楽椅子探偵】シリーズを思い起こさずにはいられませんでした。
考えてみればおかしなことで、クイーンは〈意外な推理〉の究極でほぼ完璧な形を実現した作家、クリスティやカーといったトリック重視の作家は〈意外な真相〉派の頂点に君臨する作家、まるで有栖川先生と綾辻先生のようですよね。
で、両先生とも、クイーンもカーもクリスティももちろん熟読なさってて有栖川先生なんて「九十年代のエラリー・クイーン」とまで言われてそれでも〈意外な真相〉の要素も疎かにしない【安楽椅子探偵】の原作者。
クイーンやカーやクリスティに影響を受けまくった日本の新本格第一世代の先生方は、それぞれに自分のスタイルを確立されて、ロジックにしろトリックにしろどちらかに偏らない、両方のミステリをうまくブレンドして次世代に読ませてくださったんですね、改めてそんな風に思いました。

ただーし。
最後の方に、有栖川先生の『スイス時計の謎』についての言及があるんですが。
この部分は違うと思う。
そもそも、有栖川先生は、「クイーンのようなロジック」を書かれたわけじゃなくて、「本家クイーンでもお目にかかれない、犯人当ての直球ど真ん中」の作品を書こうとされたんですよね(あとがきより)
だから、『スイス時計』をクイーンと同じ土俵に乗せるのがおかしいと思うんです。
手掛かりの案出に躍起になって周辺状況の描写を疎かにしたという前に、名探偵とワトソン役の立ち回りや容疑者の書き分けとバックボーンは基本的におさえられてますが、何よりも「犯人たりえる条件」を積み上げるロジックが狙いだったと思うので、『スイス時計』はどちらかというと【安楽椅子探偵】タイプのミステリなんですよ、一般常識としてどうこうというレベルで論じるのは違和感が。
有栖川信者の贔屓目かな。違うかな(ここまで書いて不安になってきた小心者)

結論。
ここまでくるともう推理オタクの世界(笑)
そして、法月先生や笠井先生や小森さんまで、頭の良すぎる人は難しいことを考えておられるんですねえ☆


あれれ~?ちっとも短く簡単に書けなかったよおぉぉ??
しくしく。


(2010年 論創社)
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