こんな本読みました。

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『白の祝宴 逸文紫式部日記』 森谷明子 著

2011/09/02(金) 09:23:30 森谷明子 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 くっはーーーwww何年も待ってた甲斐がありましたわーーwwww
 前作『千年の黙 異本源氏物語』がもう素晴らしい本格ミステリだったので、続編が出ると知ってからの長いこと長いこと!
 その期待はこれっぽっちも裏切られず。いやもういくらゆっくり読もうと思っても、ページを繰る手が止まらんのですよ♪結局徹夜しちゃったよw
 えーと、このシリーズに、古典の知識はそんなに要りません。いやもちろん最低限の常識程度はあった方がいいし、それ以上のちょっとした時代背景とか時系列とかも知ってた方がより面白くなるのは確かですが。
 ともかく、古典は苦手、というかたも、しり込みしないで一度読んでみてください。





森谷さんの露出や、せめてどこかでコメントくらい、と思うのですがこれがなかなか。
なので、まず著者あとがきから読んでみることにしました。

前作『千年の黙』の単行本の版を読まれたかたは先にあとがきを読みましょう、うん。
でないとちょっと混乱する。(文庫版では修正されているらしいです)

で、ともかく森谷さんがどういうテーマでこの作品を書かれたか、について。
「物語の生き残り方」
平安王朝絵巻で歴史ミステリで本格ミステリ、なんですけど。

シンプルに「物語」として読む。

この意図が明確に感じられたのが、一読後にもう一回序章を読んでみたときでした。
この序章は、もっとずっと時代のくだって、応仁の乱で京の都が一面焼け野原になって貴族はほとんど没落して武士の社会になっていくその頃。
京都にはもう政を司る力もなく、ただ荒れ果てていくのを黙って見ているのみの、かつて栄華を誇った貴族社会の住人には辛い時代。
明日の食べるものも覚束ないそんな中で、没落貴族の末裔の少女は、昔の平安朝の絶頂期の繁栄とその雅に、辛い現実を忘れてひと時の夢を見る。

現代のわたし達とまったく変わらない、物語への憧れ。

ただ昔を懐かしむのじゃなく、ひととき生きる希望を与える、物語の力。

竹取物語も源氏物語も枕草子も土佐日記も更級日記も蜻蛉日記も、とにかく千年以上昔に書かれた、わたし達のいう「古典文学」は読み継がれていくだけのパワーを持っていて、その時代その時代の読者が自分の宝物として大切にしていくその心が、今に伝わっているんだと思いました。…って学校の古典の時間にそういうことは先生が何度も繰り返したはずなんですが、「物語」の存在の意義を、「物語」が伝えようとしている、そんな感じ。

昔は「写本」という形でしか広まらなかったし、だいいち識字率なんて上流階級の人たちがほとんど。
庶民は存在は知っていても文字の読み書きなんてできない時代。
今では何万部の部数を数える出版界ですが、この頃は読める人にだけ伝わればよかったので、ま、写本(コピー機なんかないし!)で十分だったんでしょうね。
で、この「写本」という行為が、貴族の子弟の教養にもなる。
この時代、人気の高い物語(源氏物語や枕草子なんてその代表格。あ、枕草子はエッセイか☆)の写本を持っていることは社交界ではステータスだったはずで、「持ってるよv貸してあげようか?」というのは優越感バリバリ、でも悪筆すぎて書いた当人しか読めないようではそのステータスが活かせないからたぶん書き手は習字の訓練にもなったでしょう。
それと、帝を中心とする上流貴族の世界のしきたりや常識を叩き込み、その上流貴族の邸に出仕するための予習ということも。

貴族様は、それはそれでたいへんな毎日だったんでしょうね。

そして、こうして少しずつオリジナルが改変されていって、今に伝わる古典文学はきっと、知られている一人の作者じゃなくて、もっと多くの人々の手による合作のようなものなのかも。キリスト教の聖書や仏教の経典にしたって、書き手(もしくは口伝する人と人のあいだ)の解釈が必ずどこかに含まれる、あれと同じ。
その「人から人へ読み継がれてきた温もり」が「受け継がれる古典文学」とイコールになるんでしょうね。

さて、今度はミステリとして。←やっとか!

これはまた、よくできてます。ロジックがすごい!
言ってみれば、雪上の足あと、のカテゴリー。ですが、そこはほら雅な時代、綺羅綺羅しいばかりの白い世界で、探偵が自分の眼で見る生々しい死体描写はもちろん出てきません。
市中を騒がせている盗賊の一人が、傷を負いながらも逃走、こともあろうに中宮彰子の出産で浮かれ騒ぎごったがえす邸に逃げ込んだらしい。
複雑なおもいを抱えながらも再出仕した香子(紫式部)が探偵役として、言いつけられたお役目を利用して真相に迫っていくもの。
途中、亡き皇后定子の忘れ形見の騒動があったり、色恋に自由だったらしい平安貴族の象徴のような女性との楽しい会話があったり。
もちろん、陰湿な陰口や足の引っ張り合い、亡き貴人へのライバル心、そういう閉鎖社会、排他的な世界のどろどろしたものもかっちりでてきます。

そんなちょっとしたシーン、関係ないような騒動が、あきらかにこれは伏線!と分かる部分もいっぱいあるんですけど、それらを1本に繋ぎ合わせていくその美しさ!貴人の利己的な打算まで組み込んで、全てがひとつに繋がったとき、見えてくるのは人間の昏い部分。弱い部分。
あの『源氏物語』の作者であるなら、光の君の絶頂期とその後の憂いと影の濃い人生を書けるほど人間というものに対して冷徹な視点を持つ紫式部であるなら、こういう事件の顛末に探偵として向き合えるだろう、という森谷さんの発想はすごいです。
たぶん、清少納言では無理だったんでしょうね、人間よりも自然のうつろいに多く目を奪われる人物では。

ミステリーは、人間の心が生み出すもの。
それを知り、論理的に考えられる人は、現代でももちろん名探偵ですよね。
平安時代に、ロジックバリバリの思考で生きた女性なんてほとんどいなかったと思うんですけど、紫式部が手掛かりを求めて書付を読み漁り聞き込みをして、脳みそを忙しくカタカタとフル回転させている様子は、頼もしいです。

可能性をひとつずつ消去していく、というより、ある程度は「常識としてありえない」ことを前提にしている部分が人によっては弱くうつるかもしれませんが、それでも不自然じゃないし、(この時代に、確実な科学捜査を期待する方が間違ってる)、ひとつひとつは取るに足りないようなあの事件とこの事件、あっちの騒動とこっちの騒動が有機的に結びつくと、がっちりと揺るぎなく、大きな絵巻になります。

このシリーズは、親本(?)の『源氏物語』と同じように(平安)時代ミステリ絵巻として長く記憶されるといいです。そう願います。

はー……藤原氏の栄耀栄華は、そのおおもとは飛鳥時代の鎌足にまで遡るんですよねー。また読み返したくなってきたなあ、コミックスですが、長岡良子先生の《古代幻想ロマンシリーズ》あれ大好きですねんwww


(2011年 東京創元社)
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