こんな本読みました。

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『そこへ届くのは僕たちの声』 小路幸也 著 

2011/08/31(水) 18:15:09 小路幸也 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 うーん、このブログを始めて、初めてじゃないかなー、小路さんの初期の作品の感想を書くのって。ちょっと照れる…///←何故。
 もちろん、とうに単行本で読んでます。正直、かなり前に出たものなので、文庫化されるなんて思ってなかった(爆)
 デビュー作のパルプ町シリーズ、あの雰囲気に近いですよね、最近の『東京BW』シリーズや他の作品とは一線を画すような。
 ある部分はミステリだし、でも全体的にはSFっぽいし、そして中学生の(ちょっと変わった)成長物語。
 最近の小路さんの作品しか知らない人が読んだらきっと、「こんな小説も書く人なのか!」とびっくりされるんじゃないかな(苦笑)




とにかく、みんな本当ーーーにいい子たち!イヤミじゃなくて。
どうしたらこんな風に綺麗に育ってくれるんだろう、と実際に中学生のお子さんを持つ親御さんが読んだら、しみじみするんじゃ(笑)
でもその「本当にいい子たち」がポイントなんですよね、この作品。

ハヤブサ。

解説の大森さんが書かれていることが全てで、昨年、あの《はやぶさ》に沸いた日本、あの《はやぶさ》と、この作品の《ハヤブサ》は、ほんまにぴったり重なります。シンクロしてます。
まるで、当時の小路さんが、2010年の一大天文ニュースの予言をされていたみたいに。きっと昨年、小路さんも感慨深くこのニュースを見ておられたんでしょうね。

最後まで読み終えてから気付く、このタイトル「そこへ届くのは僕たちの声」の意味。
読んでるあいだは、「そらこえ」「遠話」のことかと思うんですよね、でも。それも間違ってないけど。
彼に、届けたい、届いてほしい、僕たち私たちの声。

胸にぽっかり空いた穴を何か別のもので塞いでしまわないで、その穴をいつまでも大切に、開けたままにしておくのって、大人でも辛いと思うんですよ。
ていうか、大人になればなるほど、代替物がいくらでも手に入る。辛くて悲しくて淋しい記憶はどんどん忘れていく。
でも、子どもって逃げないんですよね。
リンくんもかほりちゃんも。葛木くんも満ちるちゃんもツトムくんもケイちゃんも。
思いあがりじゃなく、それまでの経験を基にしてただシンプルに「自分たちにしかできないことをする」という、この純粋さ。クライマックスの「暴走」を引き戻すところなんてもう、涙が出てくるってば。

大人達が《ハヤブサ》に辿り付くまでの過程は、丁寧に組み込まれたミステリの伏線。改めて読んでみると、その突き詰め方が美しいなあ。飛躍してない、というか、誘拐事件(騒動?)にもちゃんと事情があって、それに気付いたのが他人じゃなくてリンくんのお父さん(とマサさん)と満ちるちゃんのお祖父ちゃんというのもいいなあ。
それと。
クライマックスの「大暴走」の引き金になるテロ。
これもいきなりじゃなく、でもしつこくもなく、目立たないように《ハヤブサ》探しを煙幕にして数回書かれてるからめっちゃフェアだし、列車と藤巻社長の存在も自然。
思えば、マサさんは確かに《ハヤブサ》を探してたんだけど、居酒屋で目の前に未来のリンくんの姿と出会ってたんですよね。ここでも、予言的なシーンがあった。

後半、《ハヤブサ》と、かほりちゃんの疑問や大人達にとっての謎を一気に氷解させてからの、怒涛の展開。
それまでの伏線を全部集束させて、そこに焦点を集めるのに何の違和感もなく。
うーん、SF的なんですけど、小路さんのミステリ手法も美しいなあ。さすがエラリアンです~www←?
やっぱり、いつか、「探偵が、皆を集めてさてといい」な本格バリバリのミステリ、書いてくださいね小路さん☆

大人が子どもを見守るとはどういうことなのか、子どもの味方でいてあげることの大きさ、親子の信頼関係それもリンくんとお母さん、かほりちゃんとお父さんのように意思疎通が出来なくなっても変わらない親子の絆。
小路さんらしい、優しくあたたかく大らかな大人の愛情と、それを素直に受け取って成長していく子ども達。

それと、たとえば、かほりちゃんの亡くなったお母さんに対する悲哀は薄い。お母さんなら、お母さんだったら、というイメージで父子家庭どころか叔父さんの家に預けられてるという拭えない淋しさを(見かけは)乗り越えてしまってるようにうつる。
一方、遠話のできる仲間達とは、助けられなかった命を自分の家族のことのように惜しむ。
でもそれは、かほりちゃんが生前のお母さんともしっかり絆を結べていたからこそ、でしょうね。それと、お父さんを待つんだという娘の健気さと使命感。かほりちゃんのしっかりしたありようは、他の人には見えなくても自分にだけは見えていて感じることのできるものが支えになってる。「そらこえ」さんと同じレベルで。

この物語には、「自分の目に見えないものは理解できないんだ」というセリフが何箇所か出てきます。
でも、本能的に理解できるものもある。親子の愛情や友達との信頼関係。ハヤブサという存在や遠話能力なんて、二の次三の次なんですよね。「目に見えないもの」と「見えないけれど、確かにそこにあるらしいもの」主観と客観の違いだけ。

わたし、この作品を、ジュヴナイルとして中学生向けに出してほしいなと思います。
一番親子関係が微妙になってくる時期に、こういうシンプルで素直な愛情と、自分にできることをする、という意味を、今の中学生にじっくり考えてみてほしい。
そして、この本を読んだら、ちょっとだけ両親に甘えてわがまま言って、できれば一緒にプラネタリウムに行ってみたらどうかなあ。
ていうか、わたしが行きたいんですプラネタリウム☆☆☆宇宙大好きなんですもん。宇宙の果てとか銀河とか。

子ども時代に、自分のできる限りを頑張った経験は絶対にムダにはならないし自分を成長させる糧になる、いつまでも光り続ける宝物として死ぬまで反芻しますよね。
その「自分の出来る限り」がもっと過酷な、「自分たちにしかできないことを、する」と決意して、困難に立ち向かったかほりちゃんやリンくんや葛木くんたちの強さ。大人のパワーと技術じゃかなわない、純粋な心の強さ。それに胸を打たれます。

《ハヤブサ》は、念願かなって、宇宙飛行士になったんだ、わたしはそう思います。だから、いつか地球に帰還してきます。そのとき、彼はきっとこう言うと思う。
「みんなの声は、ずっと届いていたよ。宇宙まで届いたよ」って。


ところで、ひとつ疑問。
警察官の中に、「茅野さん」が出てくるんですけど。『東京BW』シリーズの、古書好き元刑事さんと同一人物でしたっけ?
でも、この作中で、“このテロは、あのアメリカの9.11の模倣だ”というくだりが出てくるし、定年間際じゃなさそうだし、だとすると時系列的に合わない?
うーん、でもなあ、この「茅野さん」も本読むんですよねえ…。
ツイッターで小路さんご本人に聞いてみようかな。無粋かな★
(追記…この感想文をアップした次の日、小路さんがツイッターで答えてくださいました。別人だそうです)

(新潮文庫)
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