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『闇の喇叭』 有栖川有栖 著

2010/07/17(土) 13:05:09 有栖川有栖 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 もう2年か3年くらい前から、理論社ミステリーYA!から書き下ろしが出るよ出るよと予告だけはされていてでも一向に出るような気配がない、こりゃもしかしたら第二の『砂男』になるんじゃないかという一抹の不安がよぎったファン。ようやく脱稿したとか書影が出たとか詳細が出て、喜ぶというよりホッとした人も多かったんじゃないでしょうか(笑)
 で、理論社さんのHP内特設ページに先生からのコメントがあるんですが、「ミステリーYA!でしか書けない物語」という一文に最初は実感わかなかったんです。でも。
 読み終えて、これは確かに先生の数々の著作の中でもちょっと異質かなと思ったんですけど、わたしだけでしょうか。
 有栖川先生、こんなのも書けてしまうんですね…。読みながら何度もそう思いました。




絵画の技法に、「墨流し」または「マーブル」って、あるじゃないですか。
水の上に墨(もしくは色とりどりの、あれは絵の具?美術に疎いものでよく知らないんですけど)を何箇所か置いて、水の動きのままに模様を作って、なんだったらちょっと掻き回して、紙を乗せて写し取る。
わたしが、この「第二次大戦の終戦間近から、もしかしたらこうなってたかもしれない日本」のパラレルワールドを読んでいてずっと頭の中にイメージされたのは、この墨流しでした。
日本を中心にして、アメリカ、極東ソ連(ロシア)、朝鮮半島、台湾、中国。
今の世界地図、世界情勢をわたしたちは当たり前だと思ってますが、もしかしたら、こういうことになっててもおかしくないんだよ、と目の前に突きつけられた気がした。
水の動きがほんの少し違っていれば、違う模様になってた。

この物語の中の世界では、日本に原爆はみっつ、落とされた。広島、長崎、そして京都。

実際、京都は原爆投下の最有力候補地だったと歴史の時間に聞いたことがあります。
長い歴史を持つ、日本の精神的よりどころ、日本人の心の故郷ともいえる古都を壊滅させることは、その衝撃度は計り知れない。ポツダム宣言を受諾させる目的が一番早く達成できると分析されたそうです。
でも、アメリカ大統領は本気だったとしても連合国の他の歴史の長い国が反対したのか、それともアメリカ人の中にも自国にはない歴史の重みを軽視できないことだけは理解したのか、京都は候補地から外れました。

それを知っていただけに、序章でのアメリカとソ連の駆け引き、日本をどうやって引き裂いてやろうという覇権意識、日本の一部原理主義者の暴走、そして…。

もうこの序章で、わたしは哀しくて辛くてしょうがなかった。

その後の本編。
北海道は南下してきたソ連軍(ロシア軍)に半ば乗っ取られて傀儡政権を樹立した挙句に日本から独立し、その北海道が本州の思惑よりもずっとうまく統治されているらしいということ、その成功をおさめた勢いでもって、本州以南の日本そのものを併合して新たな日本統一を図ろうと日々スパイを送り込み拉致やテロなどの工作活動を繰り返す。でも実際に、北海道がどういう状況なのかを知る人見た人はいない。もしかしたらプロパガンダであって本当は酷いのかも。物語の一角にこの擬似北海道の存在が、フックのように描かれる。まるで現実にすぐそこに存在する、北朝鮮のような。

本州は本州で、言論の自由は日に日に喪われ、男子は必ず徴兵義務があり、外来語はなるべく漢字に置き換えられねばならず(だから、「喇叭」なんですね)、マスメディアは政府の検閲を受ける。好ましくないと判断されたテレビ番組は次々に排除され、個人の権利は踏みにじられる。

公の場では、方言すら禁止される。

探偵行為は、禁止され、探偵は狩られる。

序章での日本分断がこういう政府をつくってしまったのだと。
現実世界でも、もし終戦前後のどこかで何かが違っていれば、こういう社会になっていたかもしれないことを。
読者の意識の底流に、低く静かに流れるように、たとえば北朝鮮や中国や韓国も含めてその管理社会を疑似体験させる効果が絶大で、読んでいる間中、一回も笑えなかった。自由を感じなかったし、窮屈で退屈で自分の人生を選び取れない不条理と自分の頭で考えることを放棄してすっかりそれに慣らされた市民の無知に、現実の共産主義国の限界を感じた。

個人の権利や自由や責任、アイデンティティはどこにもない。
ただ、そこに生まれ落ちたその瞬間から、強制され流されていくだけの人生。

これをYA世代向けレーベルで出したということの意味を、そのYA達はちゃんと理解できるだろうか。
大人の言う事、マスメディアに溢れる情報を全て鵜呑みにしないで、自分の頭でちゃんと考えろ。
大勢に流されるな。
そして、自分の人生は、自分で掴み取れ。
子どもでも若すぎても、それのどこが悪い。大人には見えないもの、できないことがあるから。
有栖川先生からのそのおもいを、若い人たちは恐れずに受け止められるだろうか。

探偵は孤独だと、この作品を先に読んだ書店員さんのコメントにありました。

わたしはこう思う。
推理小説における探偵とは、考える人です。考えて考えて、被害者であれ加害者であれ人間としての尊厳を回復させることに心を砕き、血の涙を流しながら笑う人。
トリックを見破り、ロジックを組み立て、犯人の背景をたどる。
そして、何かを、誰かを救おうとする。守ろうとする。
本質的に孤独ではあっても、友達を持つ喜びを知る、人としての生き方がある。

個人の反対が、組織です。
組織は簡単に人を操る。

この物語世界では、警察・刑事は、文字通り組織です。人間の尊厳は二の次三の次。
部下を無意識レベルでどう操るかということも含めて、権力中枢にいるモノはその能力に長けていなければいけない。

純(ソラ)たち仲良し3人組が得体の知れない東京の刑事を前にして気圧されたのは、自分達はまだ知らない組織という化け物の、風圧を少し受けたからでしょう。
その風圧の暴力を誰よりもよく知っているはずの純の父でさえ、敵わなかった。次元が違った。

無実の人が冤罪に遭っても、この世界ではそれは正義じゃないということに、その恐ろしさに、生きる意味のない世界を感じて息苦しかったです。

探偵は考える人だと書きましたけど、自分の頭で考えられるだけの知恵を持った人、賢い人は、権力者にとっては邪魔でしかないのは、わたし達が生きるこの現実の世界でも同じだと思います。
知恵を持った人がもし蜂起すれば、それは自分達を追い詰めるのが分かってるから。
矛盾を孕んだ社会構造が自分達にとって都合がいいという輩は、いっぱいいることでしょう。
万が一、市民が立ち上がったりしないように、権力者たちは市民から知恵を奪う。考える力を根こそぎ奪ってしまう。
その究極のかたちが、独裁政治です。
ちょうど現実に、中身空っぽのパフォーマンスだけはやたら上手い人が首相になって、壊しまくった挙句、再構築のビジョンを持たなかったせいでその後の社会が混乱した経緯を目の当たりにしたばかりです。
パフォーマンスの上手い人というのは、市民の目線を一方向に誘導し、知られたくない部分は隠しおおせてしまう。そのことを、当時ライオン丸とあだ名されたこの人を支持した人たちは、自覚しているでしょうか。

話が逸れた。

この作品は、ミステリーというよりホラーに近い気がします。
生命の危機というホラーじゃなく、生きる意味のないホラー。言い換えれば、ひとつの地獄。

有栖川先生の数々の作品の中で、一番怖いと感じた作品です。

ミステリ読みの視点でトリックを見ると、これは確かにティーン向けですよね。謎解き部分がものすごく丁寧。ミステリを読み慣れている人ならちゃんとイメージできる。
先生の過去の作品の、アレとコレとソレを足したような、先生らしいトリック。
ミステリと物語世界の溶け合い方が美しくて、フーダニットとホワイダニットが綺麗に噛み合っているし犯人の特定の仕方も際立ってるし、うっとりします。
第一の死体の謎のカラクリは、明瞭そしてお見事。
連続殺人になってしまった動機は、鴉に近い、かな。(有栖川作品を読んでる人なら分かりますよね?電話線はないけど(笑))
先生のもうひとつの顔である、テツ関係をも組み込んであって、…なんか先生の持てる全てを注ぎ込んだかのような、そんな気迫をひしひしと感じました。

この物語の探偵は、誰かとは言えない。純であり父であり、そして刑事の彼でもある(ただこの人は、事件とは別の目的をもって動いていたので、ソラ親子と同列の探偵役という意味じゃない。殺人事件の犯人を炙りだす自分の言動を煙幕にしていた彼は、黒幕という言葉の方が正しいかも)。

「探偵」が個人の尊厳を回復させるために推理するのとは違い、「警察」は秩序のために人間を追い詰める。その秩序は社会システムであり警察そのものであり法律である。探偵が救う「個人」は彼らにすれば取替えのきくもので、ひとりひとりの尊厳など自分達の秩序のジャマでしかない。
この物語の世界では、過去に探偵の立場を利用して犯罪行為に走る輩がいたように、探偵なんてロクなもんじゃない、だから否定し抹殺せねばならない、という建前ですが、本音は、個人の尊厳・権利を回復されたのでは自分達の思い通りにできる秩序が矛盾を孕むから、なんですね。だから否定する。権威に弱い日本人は、それゆえに簡単に自分達のいいなりに流されてくれる。問題は、このお話の中で盲目的に探偵を否定する彼や彼女達ですら、同じようにシステムに流されているだけで自分の意思で否定しているわけじゃない、ということですよね。

邪魔者の存在を認めない。
この思想は、一部の人間だけならテロ、組織なら正義になってしまう。
そんなギリギリのラインの上に、わたしたちの世界は立っています。
そして、人間の命が紙より軽い戦争を否定するわたしは、もちろん探偵の存在を認める。探偵を否定するシステムを、わたしは否定する。

探偵の存在を否定された世界で、「探偵になる!」と宣言した彼女の、これから一生続く孤独と輝きを、ラストの手紙がいつか届くまで応援してあげたい。
届かない手紙を書き綴った彼ら仲間が、自分の意思でソラを応援するという決意は、この物語のたったひとつの希望の光です。

闇の喇叭は、レクイエムなのかファンファーレなのか、それは聴くひと次第。


(2010.6  理論社)
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