こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

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『コンビニたそがれ堂 星に願いを』 村山早紀 著

2010/06/28(月) 16:54:22 村山早紀 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 大号泣 ふたたび☆
 なんかもう、いろんなひとに御礼が言いたい!
 こんなに優しくてやらかい物語を紡いでくださった村山先生はもちろんのこと。出版社の人たちにも。京都水無月大賞にノミネートしてくれた京都の書店員さんたちにも。この賞の存在がなかったら、わたしは今もこの優しい物語のことを知らないままでした。
 それから、このシリーズを買わせてくれたスポンサー(笑)、ウチの相方にも。ありがとう。




ミステリ読みなわたしがそれでも大好きで敬愛する小路さんの数々の作品に癒されているように、ミステリのスイッチとは別のスイッチがあります。
あ、この場合の「ミステリ」って、不可解な事件の謎とかトリックやらアリバイやら、そういう「人工的に作り出されたもの」のことです。

でも、たぶん、この世で一番ミステリーなのは、よく言われることですがやっぱり、「人間」もしくは「人のこころ」でしょう。本格ミステリにしても、おおもとは、人間の闇の部分から派生したもので、大義として「人間そのものがミステリー」に含まれるのですけど。

小路さんの作品にも村山先生の作品にも共通して感じることが、「人間が愛しい、この世のあらゆるものが愛しい」という優しい目線。「この本を読んでいるあなたが愛しい」と言ってもらっているような気がする。これで感情を揺さぶられない人はそうそういないでしょう。

今日、たった今、今は泣いてるけど、でも泣いたぶん明日は少しだけ元気になれるから。
時間が癒してくれることもあるし、まわりの誰かがそっと背中を押してくれることもあるから。だから、もうちょっとだけ、頑張って。そのもうちょっとが積み重なれば、そのうち心から笑える日がやってくるから。
そう言われているみたいな。

この『星に願いを』の三編はどれも、その「明日へ向かうための少しの勇気」「見返りを求めない強さ」を、この「たそがれ堂」というコンビニで見つけたお話でした。

【星に願いを】綺麗なお弁当箱を探していた愛ちゃん。自分の弱さとズルさをまだそれほど知らない年齢の、たぶん幼年期の終わり。綺麗なお弁当箱=勇気の象徴。彼女の勇気が逆に、怖いものばかりの大人を動かしたことを知ったら、愛ちゃんはどれほど嬉しいかなあ。
好きな人のために、電子レンジでチン☆じゃない、包丁やガス火と格闘しながら作った昔を思い出したー。明日は相方のお弁当、冷食使わないで作ろう(おいおい)

2番目の【喫茶店コスモス】……これはまたなんと、わたしつい最近、四十九日終えたばかりじゃないですか。こんな奇跡、こんな魔法が、あちらに向かう義弟の言葉を聞きたかったと涙が出ました。(余談ですが、義弟の命日は、なんとウチの相方の誕生日と同じ日です。弟の月命日のうち一回が自分の誕生日になってしまった兄は、どんなに沈んだことか。そしてこれも、お兄ちゃんが大好きだった義弟からのちょっとしたメッセージかもしれないと、私は想像しています。忘れないでね、って…。忘れられるわけないのにね)
長いこと風早の街を見続けてきたマスターだから、たぶん、風早の街からの魔法のお返しだったんでしょうね。
そしてこのタイトル。「コスモス」。これ、ダブルミーニングだったんですね!
大切な場所に咲き誇るコスモスたち。
マスターたちのように戦後の日本を立ち直らせてきてくれた人たちの、魂の寄る辺。神様の世界のCOSMOS。
このお話は、私の個人的な出来事の昇華と、人間の普遍的な「愛しい営み」を同時に感じさせてくれました。

それと、まったく別のお話なんですけど、マスターたちが旅立っていった「コスモス」を、地上から見上げているのが、愛ちゃんとお兄ちゃんであり、前作までの白猫のあんずやちっちゃいテレビ、雪うさぎと雪だるま兄弟、秋姫ちゃん、薫くん、大事なパパやママやおばあちゃんたちを想う、それぞれの主人公たちなんじゃないかな。そして、横で一緒に空を見上げているのが、風早の神様。そんな気がした。
三十半ばでこの世を去った若い義弟の魂も、そこに居てほしい。ほんまに。

最後に大活躍する【本物の変身ベルト】……今、「変身」を「返信」と変換しました。これってあながち間違ってない気が(笑)
サイトやブログやツイッターで、見ず知らずの人とでも繋がることの幸せ、そしていつしか「見返り」を求めてしまう自意識。このお話を読んで、身につまされないネットの住人が果たして居るものでしょうか。
自分のおもいを発信したから、それについて反響が欲しい、という気持ちも当然なんですけど、求めすぎることは孤独に繋がる。欲しい欲しいとそればかりになると、与えられなかった時の失望が絶望に変わる。今の社会は、こういう人がたぶんいっぱいいるんでしょう。

繋がることは幸せです、確かに。これほど幸せを実感することもない。
でも、いちばん自分が繋がらないといけないのは、自分自身の心です。自分を見失っていては、他の誰とも繋がれない。
良太さんは、「きれいなものを見ること」で自分自身と繋がっていて、その綺麗なものに、つまり自分の存在に見返りが欲しくなった時から自分を探して彷徨っていたんだなあ。でも実は、目の前の、平凡なアパート暮らしの中に、見返りを求めない幸せがいくらもあることに気が付いて、そしたら世界が変わった。前作の桜子さんや薫子さんがそうだったように、自分を信じられるようになれれば。わたしも、そういうしなやかな心がほしいなあとつくづく想ってしまいました。

夏の入院時に、やっぱりわたし、PCを持ち込みたい!わたしが何を書き込みするわけではなく(体力的にそんなことできない可能性の方が高い)、ただオンラインでお友達と繋がっていたい。痛みに泣きそうになった時、頑張れるパワーが欲しいとおもって。次に病院に行ったら、先生に聞いてみよう。

……泣きながら読み、泣きながらこの感想を書いたので、たぶん支離滅裂です。あとで読み返して書き直す箇所がいっぱいあるとおもうけど、とりあえず、これでアップ。

村山先生、是非このシリーズをこれからも続けていってくださいね。
そしてできれば、理希くんとののちゃんと岡本さんと大家さんリターンズ!www←大好きだこの人たち!


(2010.3 ポプラ文庫ピュアフル)
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