こんな本読みました。

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『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 マーク・ハッドン 著

2010/02/01(月) 17:02:20 その他一般 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 ……書かないでスルーするつもりでした、が…。どうにももやもやとしたものが払拭できそうもなくて、なんか自分が情けなくなってきたので、がががっと書いて読み返しもしないでアップします。
 メディアマーカーも読書メーターも、そしてこないだの雑誌も、この本を名著だ傑作だと絶賛しているというのに、そんな気持ちがこれっぽっちもわかなかった私。涙が出そうです…。




視点人物である主人公はクリストファー・ブーン。自閉症のため、養護学校に通う男の子。
家族は父親1人。母親は心臓発作で亡くなった、という。
物語の発端は、彼の近所の家で飼われている犬が、庭で、庭仕事に使う大きなフォークで殺されていたところを彼が発見した、という事件。
シャーロック・ホームズが大好きなクリストファーは、犯人を見つけ出すことを決めて、まずは事件の前後に変わったことがなかったか、何か証拠がないか、という探偵仕事を始める。そして彼が信頼する学校の先生に、それについて本を書いてみたらどうかと勧められる……。

大多数の「ふつうの人」には窺い知れない、自閉症(正確にはアスペルガー症候群)の少年から見た、私たちの住む世界。
意外な角度からの描写や、障碍を持つ人たちには生きづらい世の中で、彼なりに必死に頑張る姿に、感動する人が多いのでしょう。

また、アスペルガー症候群という診断を受けた人にはよく見られるという、社会生活には全く適応できないかわり、ある才能が突出して優れている、つまり天才、ということ。
クリストファーの世界も、論理と数学や天文学、そして目に飛び込んできたものを瞬時に記憶してしまうという特殊能力が中心にあって、そのかわり、親をはじめ学校の先生やクラスメイト、近所の人たち、町を歩く見知らぬ人たち、そうした「自分以外」「他者」の人たちの感情が理解できない。自分の感情でさえ、論理的に解釈しないければ生きていけない。
情報がいちどきに大量に流れ込んでくると、耳をふさぎ目を瞑り、唸り声をあげて外界を切り離す。
そんな彼を、精一杯こころを砕いて受け入れる父親。シボーン先生。
それでもクリストファーにはそれすら理解できない。

物語の展開はさておき、自閉症の子どもたちが見る私たちの世界がいかに複雑か、という発見をする人、気づかされたという人、さまざまでしょうが。

ねえ、これ読んだ人、誰一人、「こんな子が、自分の息子でなくてよかった」「自分のまわりにこんな子がいなくてよかった」とちらりとでもおもわなかった?

私は、正直、おもった。

そして反対に、アスペルガー症候群のお子さんを育てている親御さんには、共感もできるだろうし夢のような話だろうなあとおもうのです。

私がいるこの世界が、この少年にはこう見えているのかと新鮮な視点を与えられているとしても、理解は到底できるものじゃないでしょう。
最悪は、自分が壊れるか、この子を壊すか、どっちかしかないだろうなと。

だから、この小説のクリストファーはまだ、幸せなんです。
自分のことだけ考えて生きているのを許されてるから。
親や先生や友達がどれだけ涙を流そうが、知ったこっちゃないから。彼の世界はシンプルすぎて、感情の機微も相手の表情すら読み取れないことも悲しいともなんとも思ったことがない。こんな幸せなことがあるかな。自分の存在が、どれだけまわりを疲弊させ壊しているかを、認識しなくてすむなんてこと、生まれてからもそしてこれから先も、一切考えなくていい。
まわりの人たちが、どんな紆余曲折を経て自分に合わせてくれているのか、まったく思い至らない。文字通り、世界は自分のためにあるんです。他者のためにも世界があることが、どうしても理解できない。この本は、最後まで、そんな感じで書かれていました。

これのどこに、感動するんだろう。感動って、自分の中に共感できる部分があって尊敬できるところがあって、そうありたいと願ったりする気持ちから派生しているんじゃないのかな。

少し前、私、同じように障碍を持つある事件の死刑囚の本のことを書きました。
あの彼を、どうしても思い出すんです。罪悪感が理解できない、人を殺すことに罪の意識がないという彼にも、人より優れた部分があったらしいと。

養護学校に通わせてもらえていたなら、その後の人生がどれだけ違っていただろうか。
他人はともかく、せめて親が彼のことをがんばって理解しようとしてくれていたら、どうなっていただろうか。

たぶん、養護学校でケアしてもらいながら生きている人たちよりも、そうして気づかれずに、また気づいたときには手遅れであるような、一般社会に放り出されてもがいている人の方が、はるかに多いとおもいます。
訳もなく突然殴りかかられたり、いきなり奇声をあげたり、そんな人がいたら、私たちはどうするでしょう。
見て見ぬフリしません?
でも、そうして殴りかかってきたり奇声をあげたりしている目の前の人の頭の中では、クリストファーのように天才的な論理の世界が構築されていたり世界中の芸術家が束になっても適わないような絵や音楽が浮かんでいたりしてるとしたら。
それでも、目の前で奇妙な行動をする人を、頑張って生きてるんだねーと受け入れて感動した!なんて言えます?
やっぱり私たちとは違う、異質さを感じて、怖いとおもいません?
恐怖か畏怖かはちょっと別にして。

ミステリだとおもって読んでみたら、自閉症の少年が成長していく物語だった、だけならまだいいんですけど、成長と言っても彼が自分で思っているだけで、周囲は何一つ変わらない、それどころか、絶えずどこかが少しずつクラッシュしていくんです。親には親のこころがある、考えがあるということを最後まで理解できないクリストファー。自分のために払われた代償が、たとえば自分が成功して宇宙飛行士になることだと結びつけて考えられたなら、それがたぶん「成長」というのだとおもいます。

…と、どうしても理解できない私の狭量さを散々書きましたけど、中には、ハッとする一文があったり、いちばん納得できる行動をとる人がいたりはするんです。まったくごわごわした手触りだけのおさまりの悪い話でもない。
ココにお越しくださってるかたの中で、この本を読んでおられるかたがいらしたら、私を叱りつけてほしいとおもいます。なんで感動しないんだ!って。

やっぱり、私、どっか壊れてるんだろうなあ…。


(2003.6 早川書房)
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