こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

桜庭一樹 > 『私の男』 桜庭一樹 著

『私の男』 桜庭一樹 著

2008/09/03(水) 10:58:13 桜庭一樹 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
……いやもう、何と言っていいのやら。
『赤朽葉家』に比べてページ数は少ないし、文字数も多くない。なのに読むのが遅い遅い。内容の所為もあるのでしょうが、その文体が、ページ全体から立ち上るような息苦しさが、私にまで絡み付いてくるようで、遅々として進まないのです。じゃあ上滑りしているか、世界に入り込めないかというとそうでもない。


たとえば、よしもとばななさんも、男女の情念の絡まりや死者の特異な立ち位置、ある程度まで完結してしまった人間関係、という物語を書かれていますが、もう少しだけ未来がある。桜庭さんのはもっと、酸素が足りなくて光が差さなくて、そして誰一人割り込めないぎちぎちの関係。生きているのがやっとの世界です。どちらがいいかは人それぞれ。

奥尻島の大地震の被災者で震災孤児となった花。淳悟に養女として引き取られ、腐野花として養父と二人だけで、東京で生活しています。
結婚を控えて婚約者の美郎と、三人で食事と式の打ち合わせをする。養父とのあまりに強すぎる結びつきに、果たして結婚して淳悟と離れて生きていけるのかと自問する花。そんな花を優しく、しかし歪んだ瞳で見つめ続ける (文字通り、見つめ続けています。婚約者がいるのに) 淳悟。それに気づかないふりをする美郎。

淳悟は痩せこけて、長身で手足が長く、冬なのにコートの下にはシャツ一枚という軽装。雨が降っていたら他人の傘を勝手に拝借する、モラルの欠如。
そして、煙草をくゆらせながら花をいつまでも待ち続ける姿。
また、すらりと姿勢が良く、物腰は優雅とさえ言えるのに、その目はぽっかりと開いたくらい穴のようで、花しか見ていない。無表情で氷のように冷たいのに、笑うと愛嬌のある顔。
花もまた、全てにおいて興味が薄く、自分の心を誰にも明かさず、ただじっと息を潜めて生きています。淳悟との歪んだ関係を、養父としての淳悟を愛しているのか憎んでいるのか、花自身にもわからない。ただ、安定した人生を送りたいがためだけに、美郎との結婚を決意します。

過去に、花と淳悟が犯したらしい罪。殺人。

二人は全てを捨てて、北から逃げてきた。二人だけ、お互いがいればもう、それだけでいい。
そんな閉じた関係は、禁忌までやすやすと超えてしまう。
二人とも、その殺人よりも重いかもしれない罪を自覚して、それでもやめなかった、必要だった関係。お互いの心を雁字搦めにして、窒息しそうな息苦しい暗さ。

二人の心には、同じような空洞と、憎しみが渦巻いていて、それはお互いに手に取るようにわかる。

この作品は2008年から始まって、どんどん時間を遡ります。
花と淳悟と美郎の関係。
美郎の内面と、二人の罪の欠片。
淳悟が犯した罪。
花が犯した罪。
凪。
そして1993年、花の秘密と淳悟の心。

アリバイトリックなんてありませんが、さしずめ花と淳悟の憎しみの対象が最後に来てやっとわかる。
花は、両親と兄、妹を奪った地震を憎んでいるのかと、それゆえの空虚かと思ったら、憎んでいたのは、家族だった。
淳悟も、母を心から憎んでいた。

二人には、家族が無かった。
居場所がどこにも無かった。
じゃあ、二人だけの居場所を作ろうと思うのは、相手の憎しみや悲しみまでもを奪おうとするのは (つまり性行為)、それは不思議じゃないですよね。
ただ、実の父と娘でなければ……。

とても印象深いシーンがあります。美郎に「仕事もしないで、毎日何をしているのか」と訊かれ、淳悟は答えます。
「……毎日、後悔」
何を後悔しているのか。
逃げてきたこと。罪を犯したこと。花との関係。花を養女にしたこと。…十代の頃の、過ち。
どれか一つでもあり、全部でもある。もし人生をやり直せるなら、安定した生活をしたいというなら、それは花だけではなくてむしろ淳悟のほうが強烈に願っているような気がします。

この作品には、暗くて冷たい北の海の描写がとろとろと書かれています。流氷の接岸や冬の海を渡ってくる身を切るような冷たい風。火炎地獄ではなく、魔物に喰われるような海の地獄。こんな海を毎日見ていたら、そりゃ南国フィジーの海は「バカみたい」と思うのも無理ありません(笑)。

それにしても、桜庭さん自身、渾身の力を込めて執筆したと日記に書いてはりますが、確かにこれは、並みの精神力では書けなかったでしょうね。
読んでるだけでも、疲れるというか、気が重くなる。

そして、直木賞の選考委員の人たちは、どうしてこういうドロドロした小説を好むのでしょう。悪いとは言いませんが、読後感の爽やかな作品って、なんでか候補になりにくくないですか?未読ながら、ベストセラーになった『一瞬の風になれ』とか、モリミーの奇妙ででも可愛くて可笑しい作品も、ノミネートされたっていいじゃない。だから、直木賞とか芥川賞って、数々の文学賞の中でも一番嫌いなんだ!

言いたい放題で失礼。

(2008.01.09)

スポンサーサイト
Comment (-)

ページの最初に戻る