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『外科医 須磨久善』 海堂 尊 著

2009/08/08(土) 14:51:24 海堂 尊 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 『ジェネラル・ルージュの伝説』の183ページ、自作解説の15番目『外科医』というノンフィクの連載が1冊に纏まったものです。この中で、須磨先生のお話に引き込まれるように耳を傾ける海堂先生と版元の編集者さんの様子が描写してありましたが、なるほどこれは。
 この須磨先生は、その業績で世界に名を知られるトップクラスの心臓外科医として、テレビにも取り上げられたので詳しくは知らなくても名前は聞いた事ある!というかたも多いのではないでしょうか。



ノンフィクション、評伝なので、実在の、それもまだご壮健でばりばり活躍されている須磨久善先生の事を、知ったかぶりであれこれ書くのは不適切だと思います。
なので短めに。

本当に、実在の人間、私と同時代を生きている人なんでしょうか。

フィクションのキャラクタだと言われればそれで納得できてしまうくらい、波乱に満ちた回顧録。

それがまた読んでいて気持ちがいいところは、医師を目指したという少年時代から今日まで、須磨先生の中で全くブレがないという、一貫性ですね。
いい意味でも悪い意味でも凡人である、という自覚のある人には(もちろん私を含めて)、須磨先生という人は、眩しいくらいの光輝く祝福に満ちた人生に見える。

フラフラしないで、自分を信じて、とことん考えて、諦めない楽観性。
並みの人間にできることじゃありません。

でも、須磨先生は、言葉を選んで、とても穏やかに、一言ひとことをしっかり届けようと話す人のようにお見受けしました。

今の医療行政がどれほどいい加減なものかというのは、海堂先生のこれまでの著書で散々書き尽くされているので、読者の頭にも既に「医療崩壊」というのはべっとりとこびりついています。
そんな嘆かわしい日本の社会に、須磨先生のような外科医としても人格者としても素晴らしいお医者さんがまだ存在しているという事実は、確かに救いでしょう。
そして須磨先生を尊敬し、須磨先生のようになりたいと願う若い人たちが成長しているという現実は、もしかしたらまだ大丈夫なのかもしれない、と思わせてくれました。

ひとつ処では生きられない、業のような凄まじさだと思います。
でも当の須磨先生は、淡々とその人生を受け入れ、流れに乗って、軽やかに生きておられて。
風のようであり、水のようであり。
神のようであり、けれどもしっかりと人間でもあり。

でも、私のイメージとしては、奈良時代以前に名を残す役の小角、または行基、そういった修験道を行く僧侶の先駆けのような人じゃないかと。
ひたすら自己を見つめ、自分に嘘をつかず、考えうる限りの最善を尽くす人。
静謐な人、そんな感じ。

で、解題の【バラードを歌うように】ですが。
私がこの章を読み終えてまず、これは小路さんの作品世界と同じなのではないかと、驚喜しました。
子どもに対する姿勢、大人から子どもへの社会のバトンタッチのあり方、そういう目線が、小路さんと同じなんです。
須磨先生ご夫妻にはお子様はおられないということですが、それでも子どもに接する目線は低く、言葉は平易で、心を隠さない、素敵な大人です。
小路さんファンのかたにはこの感覚を分かっていただけると確信していますが…どうでしょうか。

評伝といえども、読んで損はしない、いい本だと思います。
私のごく個人的なことですが、普通の四六判の単行本よりも一回り小ぶりで、ページ数もそれほど多くなく、おまけに文字が大きくて、お風呂読書で極度の近視な私の裸眼でもちょっと助かるなあと思った装丁です(苦笑)

医学部に在籍するお医者さんのたまごさんたちにはもちろん読んでほしいですが、医療には素人でも全然大丈夫です。自分の立ち位置に迷っている人、将来が見えなくて悩んでいる人にも、何がしかの光になると思います。
いつも心に準備の出来ている人というのは、こういう人だという参考書として、是非読んでみてください。


(2009.7 講談社)
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