こんな本読みました。

読んで感じて書き出して、そして忘れていく。備忘録ブログ。

近藤史恵 > 『にわか大根 猿若町捕物帳』 近藤史恵 著

『にわか大根 猿若町捕物帳』 近藤史恵 著

2009/06/14(日) 12:30:00 近藤史恵 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
 てことで、シリーズ三作目です。
 『ジャーロ』にて前後編で掲載されていた三つの中篇が1冊にまとまった連作集。でも、ミステリとしてのクオリティは長編にもひけを取らず、めっちゃ綺麗です。
 やっぱりこれはシリーズを最初から順番に読んだ方が、キャラクタの配置や動きがよく分かるので、前作『ほおずき地獄』までを読了されたかたのみ、この先をお読みくださいませ。(好きなシリーズの上に中篇三つに触れるので、長いです)




玉島千蔭さんの配下の目明し、惣太が、千蔭さんと八十吉さんに妙な情報を持ってきた。
吉原で遊女が3人立て続けに死んでいるという。
何か繋がりがあるのか、流行り病なのか、千蔭さんと八十吉さんは事件か自然死かも分からないながら調査に乗り出す。【吉原雀】

中村座の巴之丞と入れ違いに上方に行き、最近江戸に戻ってきた市村座の村山達之助。
巴之丞も認める素晴らしい役者だったはずの達之助は、何故か現在、不審と失笑を買うほどの大根役者になってしまっていた。【にわか大根】

ケチなスリが天水桶に死体を見つけた。身元を調べてみると、およそ人に恨まれることなどない善人だという。一体何故、殺されたのか。【片陰】

そして今回、1冊を通して登場する引っ掻き回し役の女性は、お駒の従姉妹であるおふく。
もともと千蔭さんのお見合い相手として知り合ったお駒は、粋な通人である千蔭さんの父・千次郎さんにぞっこん惚れて逆プロポーズして後添いになったといういきさつがあるので、自分はちゃっかり幸せになったけど千蔭さんが結局独身のままということに引け目があるらしい。
そこで、ハネムーンがわりのお伊勢参りで自分達が長く家を空けることを利用して、実家に居づらいのでどこかに避難したいというおふくを玉島家に逗留させ、フェミニストの千蔭さんとあわよくば既成事実を作らせて夫婦にしちゃえ!という目論見。若妻にメロメロの千次郎パパは、ほいほいとお駒の計画に乗っかる始末。
別に千蔭さんを好きでなくてもかまわない、お駒とおふくが仲良く一緒に暮らせるんならイイんじゃなーい?てな軽いノリです。
ただでさえ堅物で女心に疎い上、ほとんどジェネレーションギャップまで感じるほどのお駒とおふくの気持ちなぞ、千蔭さんに理解できるはずもありません(笑)
そして最終的に落ち着くまでが、本当にややこしい娘さん達ですわ。

現代の価値観なら、これはただのお節介ですよね。私が千蔭さんの立場だったら、キレる(笑)
千蔭さんが常日頃から「嫁が欲しい」と言ってるのならともかく、仕事一筋で面白味のない人間だと自認している彼に、「じゃあ、一般的に楽しみを知ってる娘を娶わせよう」というのは、ありがた迷惑以外の何ものでもないと思う。たとえ義理を立てて結婚したところで、相手のことが分かり合えないのが目に見えてるのに、幸せになれるはずもない。千次郎パパもお駒ちゃんも、なんでそこが分からない?と思うんですわ。(そしてこれは、次作の『寒椿ゆれる』に繋がることに)
でもこれは、江戸時代の話。
そういうのはお節介ではあるけど、人情なんだから迷惑に思うこと自体がおかしい世の中。時代小説とはそういう価値観を楽しむものだと言われればそれまでで。うーん…複雑ですねえ。

ミステリとして見るなら、最初の【吉原雀】は秀逸!
死んだ3人の遊女の繋がりが徐々に見えてくるのと同時に、かかりつけの医者の秘密も浮かび上がる。そしてキーワードの「雀」とは。
確かに堅物で男女の機微も芝居の芸術性も解さない千蔭さんですが、その超リアリストなゆえに事件を見る角度は不可思議な謎を犯罪に変える。敏腕刑事や名探偵の素質として欠かせないものです。

だから、梅が枝が言う、「最近妙にセクハラが過ぎるジジイ」の医者が隠している秘密を見破れたんでしょうね。
それにしても、その医者との初めての対面の折りに、自慢話の中に出てきたほんのちょっとした失言にちゃんと反応するなんてねえ。初読時、思わず「え、そんなセリフあったっけ??」とページをぐいぐい戻ってみて、おおお!と膝を打ちましたともさ。「聞いている」という言葉がダブルミーニングだったとは。

ミステリに無駄なキャラクタはいないと思って差し支えないですけど、今回のこのキャラクタは驚いた。というより、何故遊女が3人も立て続けに死んだのかという真相の方がびっくりです。こんな話、今まであったかな?
ある意味死んだ3人の自業自得とも言えるけど、殺そうと思ってしたことじゃなくて生かしたいという願いが生んだ結果、死んじゃったというのは、殺人とか自殺幇助というより傷害致死?未必の故意とも違うよね?なんにしても遣り切れない。特に梅が枝はそうだと思う。

表題作の【にわか大根】。
これ、役者が突然、デビューしたての若手のような大根役者になった謎、というだけならなんてことない日常の謎なんですが、中盤にきて事件が起こり、その真相がなんとも後味の悪い、身勝手な保身と邪念のカタマリってのが、上手いなあと思う。
何故いきなり大根に?というのは、今までも散々書き尽くされた話なんですが、このお話の場合、かなりねじれてますよね。
意外な犯人という意味でも、意外な真相と意味においても。
千蔭さんがどの時点で真相に気が付いたのかなあとあちこち読み返してみたんですが、利吉さんの情報と絵師の国克さんの話を統合した結果、なんですよね?他に伏線が見当たらない…。

三番目の【片陰】は、明らかにフーダニットというよりホワイダニットですね。
そして、人間誰しもが持つ長所と短所。その人に深く関われば関わるほど許せなくなる、欠点。
冒頭の梅が枝の登場の仕方がまさか伏線だったとは。
事件の核心となる「衆道」については知っていたし歴史好きならある意味常識なんですが、それをこういう風に使うのは意外でした。被害者を挟んでお互いがお互いの姿を投影していたというのは、痴話喧嘩という言葉よりももっと悲惨だと思う。犯人の気持ちも分からなくはないです私。

私がいつも参考にさせてもらってる書評サイトさんで、このシリーズを絶賛してはるんですが、その中に、“だんだん《チーム千蔭》のようになってきた”とありまして。
うまい言い方だなあと。確かに、シリーズを追うごとに、惣太の有能さ、巴之丞と利吉コンビ、梅が枝の機転と情報網、そういった人脈をフルに活かして捜査する千蔭さんと八十吉さんの2人、という形が確立しつつありますね。
このシリーズがこの先どこまで続くのかは作者の近藤先生次第ですが、おそらく千蔭さんのプライベートに決着がつくまでは、まだまだ楽しませてくれるでしょう♪

(2008.3 光文社文庫)
スポンサーサイト
Comment (-)

ページの最初に戻る