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『生物の無生物のあいだ』 福岡伸一 著

2009/05/14(木) 14:11:02 新書 THEME:読書感想 (ジャンル : 本・雑誌 EDIT
 
 は~~~★
 やーっと生物の授業が終わりましたぁ★
 2007年に出た新書なんですが、帯の惹句がすごいのかネット等の口コミがすごいのか、ベストセラーだそうな。
 そして竹内薫先生の『理系バカと文系バカ』の巻末にも紹介された1冊です。
 高校時代に、細胞分裂で眠気に襲われたかたには全く不向きな本だと思われます。



うーん、確かに、分子生物学者というばりばりの理系学者さんが書く文章とは思えないくらいに、文系人間にも読みやすいです。
この文才と、研究に邁進できるだけの探究心を持ち合わせた人って、そうそういないんじゃないかと思う。

なんていうか、私が今でも敬慕する博物学者、故・ライアル・ワトソン先生(1939~2008)のような感じ。『生命潮流』とか『未知へのおくりもの』『アースワークス』を読んだときのような。このライアル・ワトソン博士も、それはそれは素晴らしい文章を書かれるかたでした。
(ちなみに、このあとに出てくるDNA二重螺旋で有名なジェームズ・ワトソン氏とは別人。時代的にもズレがあるので当然ですが。)

この福岡先生、たまにテレビにも出ておられるのでご存知なかたも多いのでは。
そしてこの先生の代名詞というか講義の内容は、「動的平衡」という生命のありかた。
「動的平衡」、生命とは流れの中にあり、原子レベルで全くとどまることなく常に流動的である、というもの、らしいです。私の理解した範囲で。

分子生物学にいたるまで、そもそもDNAの解明にかかわる多くの先人達の話は、たいそう面白いです。
『生命潮流』である程度はDNAだの(メッセンジャー)RNAだの、ワトソンとクリックの偉業などを読みかじっていたので全く知らない話ではなかったんですが、それでも今だから明かされる、DNAの二重螺旋の論文までのエピソードはちょっと衝撃でした。

……『生命潮流』でワトソンとクリックに感動した私を殴ってやりたいよ全く。

うん、DNAというものの重大性に最初に気付いたエイブリーさんこそ、世界中からもっと褒められていいはずです。
ロックフェラー大学では、ワトソンクリックコンビが、エイブリーさんの肩に乗った不遜な子ども達、という酷評も分かる気がする。
生物学の専門的なことなんて全く知らない私でもそう思うもん、潔癖な人なら許せないでしょう。
仮にエイブリーさんは時間的にしょうがないとしても、やっぱりX線写真に関する最後のステップ、あれは、ねえ。ズルいよ。彼女と彼女を取り巻く環境が不幸だったとしても、科学者にはそれなりのプライドがあってしかるべき。
偶然だとか、ワトソンとクリックには情報が転がり込むための準備ができていたとか言われても、この2人と共犯関係にあった人までがぬけぬけとノーベル賞を貰うなんて、面の皮の厚いことよ。

と、今までの生物の教科書を破り捨てたくなる一方で、知らなかった他にもいろんな変わり者の研究者さんたちのエピソード。特にPCRのマリスさんは愉快すぎる♪
ちょっとハヤカワ文庫でマリス博士の本を探してみよう。読みたくなった。

それと、野口英世。
彼のむちゃくちゃな研究成果のことは、何一つ知らなかったですよ。
こうしてアメリカでの話を知ってしまうと、なんで千円札の肖像になったのか理解に苦しみます。それこそ、日本から逃避してアメリカでやりたい放題だった野口英世の思うつぼじゃないですか。

また、何故DNAが二重螺旋なのかということを噛んで含めるように説明してくれていたり、ウイルスは生物なのか否かという問題も面白かったし(ただこのウイルスの部分は、もうちょっと話が広がってもよかったような気もする)。

はっきり言って、結構難しいことがいっぱい書いてあります。
私はところどころ、付いていけませんでした。
でも、例えば細胞膜の悪戦苦闘の研究とか専門的なところでも、なるべく理解できるようにとイメージしやすい例え話が出てくるように、一般の読者に気を使って書いてあるので、だいたいこれくらいの想像かな、という程度でオッケーだと思います。本当にちゃんと理解するには、やっぱり同じ研究をしているか、すくなくとも専攻分野がこの分子生物学だという人にしか無理だと思うから。

印象に残ったのは、162~163ページ。
生物はその細胞が絶えず先回りして壊されながら再構築されて形を保っているというくだりの、「知人と久闊を叙するとき」なんていうムズカシイ言い回しのあとに、「お変わりありまくりなのである」なんていうレトリックがあって。このアンバランスは結構強烈に記憶されてしまいました。

後半は、アメリカでの熾烈な研究競争のタイムサスペンス風なところや、前半部分に通じるような帰納法と演繹法のような観察結果の話。
また福岡先生ご自身の幼少時代の思い出が出てきて、それがなんともノスタルジックでこのあたりの文章は一段と綺麗。

そして最後には。
結局、人間がどれほど微細な仕事をしようとも、時間という不可逆性には太刀打ちできないんだよー、と頭を垂れる1人の研究者の姿を見たような気がしました。

だからこそ、科学と哲学は、正反対の場所から同じ高みを目指しているんだと言われるんだなあ、と、そう思ったのでした。

(2007.5 講談社現代新書)
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