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『サクリファイス』 近藤史恵 著

2008/09/03(水) 10:18:19 近藤史恵 THEME:読んだ本の感想等 (ジャンル : 小説・文学 EDIT
とにかく面白かったです!
ミステリとしてはページ数の少ない本だと思うのですが、内容は無茶苦茶濃い!
日本ではあまり馴染みのない、自転車レースの世界を舞台にしていることも、ハードルを高くしているのに (つい説明してしまいますよね) 淡々と物語は進行していきます。
主人公の誓。同期の伊庭と、チームのエースとの微妙な心理関係。
また、エースにまつわる不穏な噂…。過去にあった事故で選手生命を絶たれた彼も、じわじわとかかわりを強めていく。



まず主人公であり、語り手の誓は、どうしてこれほど勝利に欲が無いのか?陸上選手としての天賦の才能を持て余し、たまたま観たテレビの自転車レースのこれまたアシストというポジションに何故こだわるのか。
普通、他人を蹴落とす為だけではなく、自分の努力の結果としても、勝利を、またエースという立場を望むものだと思います。
多分彼は、血を吐くような努力とか、最後の悪あがきとかそういうの、したことなかったんでしょうね。何でもソツなくこなせてしまうと、逆に自分がわからなくなる…。
その点で、同期の伊庭は正反対。勝利に貪欲で、ポジティヴで、押しも強い。努力もいとわないし、素直にアドバイスも求める彼は、ある意味わかりやすい。
伊庭が次のエース候補であるならば、当然アシストは誓だと、誰もが思う。誓本人も自覚している。なのに実力は伯仲していて、伊庭にアシストなど無理だろうけれども、誓はどちらでもやれる可能性がある…ほら、やっぱり、誓って腹立つ奴でしょ?(私が捻くれてるだけです…)

そんな中、これみよがしに囁かれたエースの疑惑。
“あいつは自分以外のエースを認めない”
“過去に事故で選手生命を絶たれた奴がいる。その事故を仕組んだのもあいつかもしれない…”
…なんでわざわざそんなこと教えるかな…と思ったら、これが伏線だったのです。
お前も気をつけろよ、と言われても、どう気をつければいいんだか。

そして、誓と過去に関係のあった元カノの存在。
誓を裏切って、一度は彼の前から姿を消したのに、なんの因果か再会。
ところがこの彼女、誓の記憶にある印象とは別人のように、感情表現がとても豊かになっている。当然、誓はそのギャップに戸惑うし、自分ひとりが置いてかれた気がして…。でも、誓本人に自覚はなくても喜怒哀楽が薄いのだから、当時の彼女も情熱的ではなく凪のような心持ちでないと、誓と共には過ごしていける訳がない。
こういう彼女の立場、心情、そして現在の知らずに加担させられた言動全てに、同情します。

やがて起こった悲劇。
この描写がすごいと思いました。
決してグロテスクではないのに、むしろこれも淡々と書いてあるのに、その悲惨さがよくわかる。
この事故の知らせを誓と伊庭が受けるまでに、全てがちゃんと書いてあるのです。事故の真相にかかわることが。
読んでいる私はまず、エースの疑惑を吹き込まれていただけに、事故に遭うのは誓もしくは伊庭だろう、と思い込む。そしたら、実際はそのエースの方だった!
じゃあ、これは二人のうちのどちらかが仕組んだのか?これって叙述モノだったの?
あわわと思いながら進むと、ある人物の悪意が少しずつ見え隠れしてきます。
誓が事故の真相に辿り着いた時、この作品のタイトル『サクリファイス』という言葉が、誰のためのものであったのか、愕然とするのです。
アシストはエースの犠牲者なのか、事故の犠牲者は誰なのか……考えてみれば、誓のキャラクタ設定で既に作者の思惑に嵌まっているのかもしれません。

悪意を持って計画し、準備してきた彼が本当に憎んでいたのは、その根底にあったのは、悲劇の事故で逝ったエースでもなく、自転車でもなく。

誓に向けられていたのですね。


こんなに哀しい物語を、ただ流れるように書き切る近藤先生に、脱帽です。


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